時速20キロの風

日々雑感・自転車散歩・読書・映画・変わったところで居合術など。

もう一度見たいけど、タイトルも何も覚えていない。エキストラの記憶。

今週のお題「もう一度見たいドラマ」

 下宿が東映京都撮影所の近くだったもので、撮影所の単発のアルバイトとしてエキストラに何度か参加した。同じ下宿の住人に、エキストラ登録している人がいて、朝5時半集合みたいな撮影の時には、彼が下宿生を叩き起こして強制的に撮影所に連行するのだ。連行される側は寝込みを襲われて顔を洗う間もなく撮影所に連れていかれる。ある時は、撮影所に着くなり着物を着せられ、ちょんまげを着けられて、そのままバスに乗って姫路城まで運ばれた。年末大型時代劇「忠臣蔵」の撮影だった。

 というエキストラ体験はまたおいおい書くとして。

 

 その時に、連絡先を仕出し屋さん(エキストラを手配する仕事の人をそう呼ぶらしい)に知らせてあったようで、卒業後下宿を引き払って実家に戻り新入社員として働き始めたころに、突然電話があった。たしか、千里丘の毎日放送のスタジオに来てほしい、ということだった。欠員が出たか何かで大慌てで人を探していたらしい。暇だったので、二つ返事で了解した。年齢や髪形や身体のサイズなどをざっときかれて、会社員の役だから背広を着てきてくれ、といわれたと思う。

 細かいことは忘れたのだが、覚えているのは、毎日放送の実際の社員食堂を使っての社員食堂のシーンで、我々エキストラは、指示されたテーブルに座って、中身が空っぽの丼鉢を渡されて、テーブルの上の割り箸を使って、おしゃべりしながらランチする振りをしろということだった。ただし、本番の声がかかったら、声は出さずに談笑しろと。箸は動かして、食事をしながら。

 我々がそれをやってる向こうでは、これから食事をする社員さんたちがお盆を持って行列に並んでいる。その列の中に、平田満さんがいて、後ろに並んでいる田中好子さんが平田さんに話しかける、というようなシーンだったと記憶している。

 田中好子さんといえば、キャンディーズのスーちゃんである。とんでもない人が同じ空間にいる。平田満さんといえば、何度も映画館に足を運んだ名作「蒲田行進曲」のヤスさんである。見たい。でも見てはいけない。社員食堂にならんでいる単なるOLとサラリーマンを、食堂にいる人全員が羨望のまなざしで見つめているわけがない。

 じっと固まって座ってないで食事をしたり、ちょっと身体や顔を動かしたり、ざわざわしてほしい、というようなことを助監督だかなんだかが言ってくる。「皆さんの丼は空ですけど、皆さんにピントは」あたってないから気にするな、みたいなことをいわれたと思う。

 私の前で私と談笑する相手は同年代の女性で、エキストラに登録するような人なので、少々容貌にも自信があるのだろうと思う。ちょっとした美人だった。

 その美人さんと、テストの間は世間話をしているのだが、本番になってカメラが回ると声をミュートする。でもしゃべってる風で口を動かし、時に笑ったり、テーブルの調味料をさわったり、素人なりに考えて、まじめにつとめた。その女性はずいぶんと慣れた様子だったと思う。

 田中好子さんと平田満さんのお芝居がどんなだったのかは、視線をやるわけにいかないので見えていない。相手の女性は役者さんに背中を向ける席だったので、眼の端にとらえることもできない。それが残念そうだった。

 撮影が終わって、日当をもらう。当時はエキストラも日当がでる立派なアルバイトだった。いまはボランティアエキストラなどと称して日当も交通費もでなくなっている。

 相手の女性とは、日当をもらってスタジオを出るときに廊下でばったりあって、お疲れさまでした、ということで、勘違いでなければ、なんとなく、ちょっとお茶でも、みたいな空気を感じたのだが、なぜだろう。変に意識してあわてて立ち去ったと思う。若さゆえの自意識過剰?。彼女はたぶん自分が背を向けた席になったせいでまったく見ることができなかった俳優さんたちの芝居について聞きたかっただけだったんだろうと思うけど。

 というわけで、お題の「もう一度見たいドラマ」はこれです。でもタイトルも何も覚えていない。女の子と向かい合って口パクでランチしたのは確かに覚えているのだが。

 この番組のオンエアを見たかどうかも覚えていない。見てないのかもしれない。もしかしたらVHSで録画したりしたかもしれないが、もうデッキもないし、ビデオ自体もなんどかの引っ越しで処分されているだろう。

 その後も一度、仕出し屋さんから電話があり、同じようなサラリーマンをやった記憶がある。若いサラリーマン風で、呼んだらすぐくる、ということで重宝されたのかもしれない。その時は川上麻衣子さんがいたように思うのだが…。

 でもエキストラって、いわば「人間の形をした小道具」なので、ここにいてこうしてね、といわれたあとは、ひたすら「邪魔しない」ことが大事なので、小遣いもらえる以外に楽しいとは思わなかった。

 その後、20数年たってから、ひょんなことでボランティアエキストラとしてちょんまげつけてロケにでることになるのだが、その話はまたいずれ。