時速20キロの風

日々雑感・自転車散歩・読書・映画・変わったところで居合術など。

映画 「THE QUAKE」2018 ノルウェイ

 なんやこの愚図いオヤジは…。

 

前作があって、それは津波を題材にした映画だったそうだ。主人公は地質学者で、前作で救えなかった人々への自責の念から、家族とも離れて、ひとり現地で研究を続けている、という設定だ。

 そもそも、ノルウェイの街並みや風景、生活様式なんかを観たくて選んだ映画だし、地震をテーマにした災害パニック映画なので、単純にハラハラできる娯楽作だと思っていたが。

 実際に娯楽作品なんだけど、この「自責の念」にさいなまれている主人公が、だからなんだが、やたらといじいじうじうじしてこちらはひたすらイライラする。

 観ながら数回、声に出して「うっとうしいねん」「しゃきっとせえや!」とか言ってしまった。

 そもそも、たかが地質学者が、津波で失った多くの人の命、に責任感じるような値打ちないっちゅうねん。結局、うじうじいじいじして肝心な時に決断できず、関係機関への訴え方も中途半端で、何の役にも立たない。

 自分に何ができると思ってるのか知らんけど、せっかく地震を予見したのなら、関係機関に警告を出して、鼻で笑って無視されたのなら、あとはそいつらの責任だと、せめて家族だけでも守ったれよ、と思う。

 話の展開も遅くて、ハリウッドならここまで来るのに20分やな、と思う展開まで1時間近くかかったんじゃないか。地震の映画だとわかってみている限り、そのあたりの展開が読めるんだからさっさと話を進めろよ、とこれもイラついた。

 このうじうじオヤジを取り巻く女性陣がしっかりしているだけに、このうじうじオヤジの罪がより深く感じられる。

 そんな感じ方をした人はどのくらいいるのかなぁ。

 CGを使ったビルの崩壊シーンなどは見ごたえがあったので、そこにお金かけ過ぎたのかな。

 

読書メモ 「嫌われた監督」鈴木忠平 2021年9月 文芸春秋

 久しぶりの、半徹一気読みだった。

 

 落合博光は中日をどう変えたのか。というサブタイトルがついているように、中日の監督時代の落合について書かれたスポーツノンフィクションである。

 中日ファンではないし、落合が中日の監督だった頃は、子どもが小さくてプロ野球も新聞で結果を見るくらいであまり記憶がない。それでも完全試合目前の投手を8回で交代させたエピソードは覚えている。それについても触れられている。

 本書の構成で面白いのは、落合本人が語らない人だから、その周囲にいた人たちから取材をしてその時の状況をレポートしているところだ。

 監督として勝つことだけを考え、勝つために考え、行動し、実際に勝ってきた落合のマネジメント術は、たとえば星野仙一とは真逆かもしれない。

 星野仙一のようなヒロイックなかっこいいリーダーになれそうにないキャラの人は、落合流を参考にしてもいいかもしれない。まぁ、嫌われるけど。少なくとも慕われないだろうけど。

 野球の技術や駆け引きの詳細も垣間見れて、そういう解説がある中継なら、テレビの野球観戦ももっと面白くなるだろう。テレビ局に忖度して、人気チームのファン代表として、贔屓の引き倒しのような感想ばかりいってる解説はうんざりなんだが、そういう方がいい人がいるのかな。

 

読書メモ 「最後の角川春樹」 伊藤彰彦 毎日新聞出版 2021年11月

 年代的に、角川文庫や角川映画にはずいぶんと世話になったんだなぁ、と本書を読みながら思った。しかし、本書で振り返れば、熱心に劇場に通った角川映画も初期の一時期だけだったようだ。金田一耕助ブームの期間とその後少しだけ。

 当時はその宣伝手法ばかりが取り上げられ、映画に対してマニアックな友人は酷評していたが、自分は単純に、観て興奮し、感動していた。それを評価しなくて何を評価するのか、と。エンターテイメントを楽しむために映画館に行くのだから。

 

 角川春樹氏は、その後も出版や映画に活躍を続けるが、社内でごたごたがあったり、会社を飛び出して新たな出版社を起こしたり、というようなことはかすかに記憶しているが、麻薬からみで4年余りも収監されていたことは、当然ニュースにもなったのだろうが、記憶にない。胃癌の手術後に収監されたりしたそうだ。

 

 本書は、著者による角川春樹氏に対する聞き書きをまとめたインタビュー集である。中高生時代に大いに楽しんだ小説や映画の裏話も満載だ。また毀誉褒貶の激しい氏のビジネス戦術も、自身のことばで明らかにされる。

 そういう興味で読み通したが、本書はインタビュー形式でありながら、角川春樹氏のファンブックとして功績をたたえたり、美化したり、という印象は少ない。その人生の後半はプロデューサーとしても映画は当たらず負け続けの印象だからだろう。

 もう80歳になるらしい。離婚再婚を繰り返し、70歳の時に何度目かの40歳も下の奥さんとの間に子供をもうけたという。90歳まで現役で出版プロデューサーをやるのだそうだ。そうすると息子さんの成人を見届けることができることになる。

 ひさびさに監督をしたという「みをつくし料理帖」のことは知っている。感涙の人情噺で、評価も高いそうだが、封切が「鬼滅の刃」と重なって、興行収入は惨敗だったそうだ。DVDになっているのは知っているから、観てみようかと思う。

 

 回想法6 深作欣二と原田美枝子と大部屋の哀歌

  かれこれ35年も前のことだ。いよいよ残り少なくなってきた京都での学生生活をどんな風に過ごそうかと考えつつ、卒業旅行の資金もためなければ、ということで、「記憶に残る珍しいバイトをして小遣い稼ぎもしよう」と欲張った計画を立てた。

 当時は、ネットもスマホもない。アルバイト情報誌を書店で買って仕事を探すのが当たり前の時代だった。

 

 当時は、東映京都撮影所のエキストラは立派な単発バイトだった。時給ではなく1本換算で、5000円くらいはあったのではないか。競争率も高くてなかなか当たらないのだが、当時住んでいた下宿に、東映の撮影所内の仕出し屋さんに登録している先輩が居て、急に欠員が出たときなどに「明日の早朝」みたいなタイミングで声をかけてくれた。

 仕出し屋さんというのは、当時撮影所でエキストラの手配をしている業者さんのことで、東映の撮影所内の部門だったのか、委託された外部業者だったのかはわからない。

 当時は撮影所も、俳優部、俗に大部屋といわれる専属の俳優さんを抱えていたと思うので、一般人のエキストラを動員する機会は、そう多くなかったのではないだろうか。

 その時も、どういういきさつでそのエキストラに参加することになったのか覚えていない。たぶんその先輩の都合が悪くなって、代わりにいってくれ、といわれた、というような流れだったのかもしれない。何の予備知識もなく撮影所に行った。

 下宿からぶらぶらと徒歩で撮影所に行き、俳優会館だったかと思うが、行ったら背広とネクタイに着替えさせられ、革靴を履かされた。痩せて小柄な僕にとって背広もぶかぶかだったが、靴もでかすぎて、パカパカで歩きにくい。そのまましばらく待つようにいわれて、建物の玄関先で似たような服装をさせられた人たちと待っていたら、急にその人たちが直立不動になり90度のお辞儀をして「先生!おはようございます!」と叫ぶので見たら里見浩太朗さんが入ってきた。顔も身体も四角い人だな、という印象を受けた。へぇ、と思っていたら、また周りの人たちが叫んでお辞儀をするので見たら、今度は伊吹五郎さんだった。この人も四角くてずんぐりしていた。里見さんも伊吹さんも、身長の高さは感じなかったが、顔が四角くて大きくて、その中にぐりぐりと良く光る目があった。

 本職の、大部屋の俳優さんたちにとっては神様みたいな存在なんだろうし、目にかけてもらえば大きなチャンスを得られるのだろう。必死であいさつをしていた。またその挨拶を当然のことのように受け流しながら歩み去っていくスターさんの存在感は格別で、この世界にある、役者さんたちそれぞれの価値の差異を目の当たりにした。

 

 僕が参加する撮影はテレビ番組ではなく映画だった。緒形拳さんが主演である。監督は、あの深作欣二。が、そんなことは何も知らない。係の人に呼ばれて、似たような恰好をさせられた人たち7~8人が、スタジオに連れていかれた。

 スタジオには、助監督とかそういう役目であろう人がいて、場面の説明をしてくれた。場所はとあるパーティー会場で、主人公の緒形拳扮する作家がいるのだが、何かの文学賞を受賞したので、新聞記者たちが取材のために会場に押しかけてくる。それを見て逃げ出す作家。追いかける新聞記者たち、記者たちが走り去った画面には、受賞を喜ぶ原田美枝子の姿が…、というシーンらしい。追いかける記者たち、というのが我々の役どころだ。まずは本職が最前列に陣取り、右に左に、ジグザグに動く。これによって、実際は数名の人数なのに、画面では何十人の大量の記者が押し掛けたように見えるのだそうだ。複雑な動きは前列の本職たちが担い、エキストラはその後ろをついて走る。前列の本職たちはカメラを持ってフラッシュを光らせながら走る。エキストラは記者なので、左手に手帳、右手にペンを持って走る。何度か前列の動きを確認すべくテストが繰り返された。

 そこに深作監督が原田美枝子さんを伴って登場。さっきからテストを仕切っていた助監督と何やら話したかと思うと、記者団に近づいてきて、最後列にいた私を最前列に、最前列にいた本職を最後列に移動するよう命じた。私が持っていた手帳と本職の持っていたカメラが交換された。

「じゃあ、テスト!」

 って待ってくれ、こちらは最後列にいて前列の動きは把握していない。なのにいきなりテストの声が飛び交い、よーいスタート!の声がかかる。動けない。とにかく前に走ったが、ジグザグの動きはまったくできない。監督が怒鳴る。「あいつ何やってんだ!」助監督が慌てて耳打ちする。「バイト?大学生?そんなん知らん!」

 その後、監督は原田美枝子さんと談笑しながら、ふたりしてスタジオを出て行ってしまった。助監督は大慌てで、僕に動きをつける。他の人は休憩。ここで右に走って「パッ」、左に走って「パッ」、また右に動いて左に走り去る。「パッ」というのはシャッターを切るタイミング。テストでは口でパッと言う。本当にシャッターを切るのは本番のみ。本番ではフラッシュが光るので、画面上、あちこちでフラッシュが光るように映すのだそうだ。助監督も必死だが、こちらも必死だ。ドタバタと走っていたらどんと照明の乗った櫓にぶつかってしまった。そしたら照明機材の位置がずれたらしく「お前のせいでまた余計な時間がかかる!」と櫓の上にいた照明係のおっちゃんに、それこそ頭の上から怒鳴られた。他のエキストラの視線も刺さる。見たら僕と交代した本職がセットの隅でうなだれている。深作監督に外されたから?いやいや、多分監督が僕を最前列にしたのは僕の背が小さかったからだ。背の小さい順に並ぶ方が人が多く見えるという単純な理由だと思う。僕は前に出たりしたくないし、画面に映りたくもないんで、ぜひどなたかに代わっていただきたい。こっちはただの学生バイトなんだから。

 

 そこから先のことは実はほとんど記憶にない。いわゆるパニック状態だったのだろう。しばらくして監督が来て、テストをして、パッパッとかいいながら走り回って本番になって。

 我々の出番が終わって後、原田さんと何人かの本職で、記者たちが走り去った後原田さんがアップになるシーンを撮っていたと思うが、定かではない。

 それでもこの日の撮影は順調だったらしく、ぞろぞろとセットを後にする時に、「早かったな」と言ってる人がいた。拘束時間は、2時間くらいだったと思う。それで5000円ほどもらえたので、時給に換算すれば、当時でいえば破格だった。

 映画はその後も撮影が続いていて、下宿の近くのアパートを使ったロケがあり、大学への行き帰りに立ち寄って見物をした。古いアパートなんだが、設定は主人公の作家の愛人が住んでいるアパート、ということだ。このアパートの廊下に、女ものの下着やタオルなど、洗濯ものが干してあるのだが、そのぶら下がってる洗濯物の位置を何度も変えたり、そうこうしているうちに天気が変わって天気待ちになったり、ずいぶんと無駄が多い仕事だなと思った。その間中、近くの民家の植え込みの陰にじっと座っているおっさんがいて、何をしているんだろう、わざわざ椅子まで持ってきて撮影見学か、と思って良く見たら、緒形拳さんだった。撮影所でお見かけした里見さんや伊吹さんと比べて、まったく目立たず、すごく地味なたたずまいだった。

 

 完成した映画は新京極の映画館で観たが、撮影した場面はほんの一瞬。まばたきしたら見逃すようなコンマ何秒。しかも記者たちにはピントは当たっていない。そりゃそうだ。ピントが当たっていたら、同じ人がジグザグ走ったりしていたらバレてしまう。

 それでもさすがに、自分には自分が画面に映ってしまったことが分かった。世界でこの画面から僕の顔を見つけられるのは絶対に僕だけだろう。それでも見つけた瞬間は背中に汗が噴き出して、耳が燃えるように熱くなったのを覚えている。

 

あぁ、貧乏性…。

 コートがいらなくなった直後の春先に着るテーラードジャケットが1枚欲しいな、と前から思っていたのだが、先日、若い人向けのカジュアル衣料のチェーン店で見つけたジャケットは、値札に何枚もシールが貼られていた。順番に追っていくと、元が14800円、次に6900円、次に2990円、そして現在の価格が990円とある。

定価14800円が990円。その差は13810円。1万3千8百10円である。

 

 見るとサイズがSばかりである。売れ残ったSサイズを処分するための990円のようだ。捨てるよりはまし、ということだろうか。

 とりあえずそでを通してみた。肌寒い日だったので、かさばるトレーナーを着ていたため、窮屈だ。でも袖の長さは間に合っている。が腹周りがきつい。前のボタンを留めたらパツンパツンだが、トレーナーではなくシャツ1枚なら窮屈感は緩和されるだろう。

 で、13810円である。この「差額」の解釈の仕方が「安物買いの銭失い」を生む。

そうなのだ。我が貧乏性は、この差額を「儲け」と感じてしまうのである。

 

「これを990円で買えば、13810円儲かるやん!」

 

 待て待て。儲からん。現実は、990円を出費するだけや。しかもサイズ感が微妙なジャケットに、990円出資することになる。990円といえば王将で餃子4人前食えるで。

 頭ではわかっていても、差額13810円の魅力に抗しきれないのが貧乏性の所以である。

 というわけで、この春は、肩をすぼめて、腹を引っ込めて、990円の、いやいや、元14800円のジャケットをはおってさっそうと通勤しているのである。

 

 私は、買い物が下手だ。

 

読書メモ 「廃墟の白墨」遠田潤子著 光文社 2019年9月

 新聞の書評で見かけた。まったく知らない作家だった。

読んでみて、これは面白かった。ハラハラドキドキのミステリーとか、そういうのではなく、静かな読書感である。設定そのものが、非日常的でファンタジー感もある。が、ファンタジーという語感から想像されるようなメルヘンでもない。

 心に傷を持つ人たちの、それゆえの心優しさが不幸を呼ぶ、救いのない話なのだが。

気が滅入る、というより、せめて救われてほしい、という祈りをともなう読後感だった。

不思議な小説だったが、小説ってこういうことができるから小説なんやな、と思った。

 

 

吉野家の牛丼と王将の餃子

私は学生時代、大学の校門前で配布されていた冊子型の「王将の餃子無料券」にずいぶん助けられましたよ。
当時の京都の大学生は皆そうではないかな。
それにしても太っ腹に配っていたなぁ。

おかげで今でも「王将の餃子」は、定期的に、無性に食べたくなります。
私はこの現象を「王将に餌付けされてしまった」と表現しています。
というわけで、王将の戦略は見事でしたー。

なのでいまでも私にとって「王将の餃子」は、「王将の餃子」という食品で、「餃子」ではないんです。「王将の餃子」を食べたいときに、高級中華料理店の餃子を食べさせてやると言われても、それでは嫌なんです。「王将の餃子」がいいんです。


で、同じこといいたかったんでしょうけど。
「生娘をシャブ漬け」ですかぁ。イキっちゃいましたね。

いるんですよねー。いわゆる成功者の中に、たまにこういうイキり方する人が。
マッチョぶりたいっていうのか、かっこいいと思ってるのかしらんけど。

結局、クビになったんですね。


 ちなみに、中島みゆきの「狼になりたい」って曲にあったように、牛丼屋の客って、孤独なおっさんか兄ちゃんのイメージでしたが、最近は若い女性が一人でカウンターで食べてる場面もよく見ます。
 ランチできる飲食店が閉まっていたコロナの初期は、ビジネス街で、お持ち帰りの牛丼を、ビルの壁にもたれてかきこんでる若いOLさんを見ました。びしっとスーツ姿で。通りすがりに二度見してしまいましたが、あれ、かっこよかったです。

読書メモ LINEマンガで韓国のマンガを読んで思う。「鉄槌教師」

 たまたまなのか、こういう傾向のマンガが多いのか。

読んだのは、荒廃した高校のいじめの話で、出てくる悪い奴が、いじめというような陰湿なものではなく、ただの粗暴犯で、たとえば銃器を持ったロシア兵が、武器を持たない一般のウクライナ人を虐殺するかのごとく、相手が教師であれ学生であれ、弱者とみればとことん一方的な暴行を働くのだ。その学校を立て直すために、特命を受けた教権保護局の教師が派遣されるのだが、その教師がクソどもを問答無用、痛快に叩きのめすのである。リアルに鉄拳で。

 

 相手は、極悪人だが、一応学園モノのマンガなので、なんやかんやで、心を入れ替えさせようと尽力したり、あげく悪人が改心したりするのかと思っていたが、とことん成敗である。退治といってもいいかもしれない。ごちゃごちゃ説教したりせず、小ばかにした顔で舐め切った言い訳をする極悪学生を、いきなり顔が曲がるまで殴り倒すのだ。そう。教権保護局の教師は、軍の特殊部隊にいたとかで、とにかく異様に強いのである。この単純な痛快さにはまる。

 

 かつて見たようなドラマだと、教師が身を挺して人道を解き、結果、悪人が改心し、彼がこうなったのは社会のひずみが原因だったのだ、とかいって感動してみせるのかもしれない。だが悪人が改心しても、被害者の傷や生命は回復しない。なのでこの手のドラマは、クライマックスで被害者を描かない。しかしこのマンガは、被害者を描いている。悪人はただ憎まれ退治されるためだけに登場する。

 

 あーだこーだ考えたりすることなく、憎むべき相手を問答無用でぶちのめし、ただスカッとするだけっていうドラマもいんじゃないか。と思った。そういうドラマが流行っているのなら、韓国もかなりストレスフルな社会なのかもしれない。

 

 

読書メモ 「女帝 小池百合子」石井妙子著 文芸春秋 2020年5月 

 この本が書店で平積みになっていたのは覚えている。先日ブックオフで300円で売られているのを見た。

 内容は、これはとんでもなく興味深いルポルタージュだった。綿密な取材の跡が見え、いわゆるタレント本や暴露本のような類ではない。

 読む限り、さもありなん、という印象である。小池氏もダメダメだが、ひとりのライターが取材して真実に迫れることを、なんで大手マスコミは放置するのか。

「真実はどうなのかしらないが、こう書いていく方が、庶民どもは喜んで買うでしょ。その方が儲かるからね。取材なんて週刊誌の契約記者がやればいいんじゃないの」

 

 他の人たちはどう読んだのか、ネットの書評を見てみても、大方同じ感想だった。

どのくらい売れたのか、これもネットで検索したが、20万部を超えている、という情報があった。政治家個人をテーマにしたノンフィクションでは異例の売れ行きだとか。

 刊行の1年後に都知事選挙があった。本書を読んだ読者なら、少なくとも小池のパフォーマンスは見抜けたはず。しかしこの選挙、与党は候補者を出さず、今見ても、これという対立候補者がいない選挙だったこともあってか、群を抜いた得票数で小池が圧勝した。それでも都民は小池を選んだ。

 

 選挙ってなんだろうかと思う。いわゆる浮動票を持つ人たちは、とにかくテレビのワイドショーレベルの情報で、タレントの人気投票かのごとくに投票しないことが肝心だが、では、何をどう調べて候補者について知ればよいのか…。

 

回想法5 忠臣蔵と、どこかのお城と、馬の尻尾のワルツ

  かれこれ35年も前のことだ。いよいよ残り少なくなってきた京都での学生生活をどんな風に過ごそうかと考えつつ、卒業旅行の資金もためなければ、ということで、「記憶に残る珍しいバイトをして小遣い稼ぎもしよう」と欲張った計画を立てた。

 当時は、ネットもスマホもない。アルバイト情報誌を書店で買って仕事を探すのが当たり前の時代だった。

 

 下宿で寝ていたら仕出し屋のおばちゃんに早朝に起こされて撮影所に連れていかれた。ロケだから6000円とかもらえるという話だ。撮影所は早朝から大勢の人でごった返している。喧噪の中で髪結いで頭にちょんまげのかつらを乗せられ、次に衣裳部屋に行き、裃を付けた着物と袴を着せてもらった。支度が出来たらバスに詰め込まれ、どこだかわからないのだが、お城まで連れていかれた。その道中については、なんで覚えてないのかというほど覚えていない。ひたすら眠かったからかもしれない。

 

 後でわかるのだが、年末時代劇という特番の忠臣蔵の1シーンだった。お城の設定は赤穂城江戸城松の廊下での殿ご乱心の報を受け、慌てて登城する赤穂の武士たち、というシーンだ。裃をつけて、天守閣に向かう緩やかな坂道を何度か走る。なんせ大人数なので、撮影陣は、お城の上の方やら、下の方やら、道端やらに散らばって、それぞれ無線でワーワーいいながら段取りをしている。例によって撮影は遅々として進まない。カメラを置いてから、あそこのマンホールが映る、となれば砂をもったスタッフがマンホールに砂をかける、お堀の水に街の風景が映る、となれば長い竹竿を持ったスタッフが水面をばしゃばしゃと叩く。そんなことをしながらようやく撮影になり、お侍たちが走る。殿ご乱心で、藩がお取りつぶしになるかもしれないいう大ピンチ。へらへら笑っているわけにはいかない。必死の形相で走るのだ。

 前を走るのは本職の人たちで、我々エキストラはその後ろをわらわら走る。

スタンバイしている時に、腕時計を着けていたバイトは没収され、着物の襟元から丸首のシャツの襟が見えていたバイトは鋏を持ってきたスタッフにざっくりと切り取られていた。そんなもん絶対に映らんやろ、と思うのだが、彼らも真剣だ。

 そうこうしていたら、観光客だか、街の人だかがやってきて、写真を撮らせてほしいという。「僕らただの学生バイトなんで」といって断ったが、「お侍さんと写真を撮りたい」のだという。あちこちでにわかの撮影大会が始まっていた。当時は「写ルンです」はあったと思うが、デジカメやスマホはない。自分自身はカメラも持っていなかったし、残念なことに手元にその時のちょんまげ姿の写真は残っていない。

 

 緊急登城のそのシーンも列の前の方には主役級の俳優が何人もいたはずだが、我々がいた最後列からはまったく見えなかった。後列は、大勢の侍が急ぎ登城する遠景と走る足元が撮影された。その集団の中のひとりやふたりの腕時計も首元も映るわけがない。

 この撮影が終わると、今度は裃から足軽の衣装に着替えて、お取りつぶしになった後、別の大名とその家来たちが、赤穂城に乗り込んでくる行列を撮る。我々バイトは、道端で裃と袴を脱いで、足軽に着替える。裃袴から足軽になるので、見た目も随分と格落ち感がある。足軽になってからは、観光客に写真をねだられることもなかった。

 バイトが道端で着替えている先に、当時売り出し中の若手の男優さんが椅子に座っていて、「あ、あれ、〇〇や」と足軽のバイトたちから無遠慮な視線を向けられていた。あの男優さんも、テレビではすっかり見かけなくなったが、検索したらホームページがヒットした。まだ芸能活動は続けておられるようだ。

 このシーンでは馬が連れてこられていて、偉い人が乗っている。馬の後ろは足軽だ。スタンバイしていると、城の上の方から助監督が拡声器で「馬の後ろ、行列が切れて見えるから詰めて!」という。詰めたら今度は馬の係の人が近づいてきて、「そんなに詰めて、蹴られたら死ぬよ」という。あわあわと後退すると、また助監督が拡声器で「もっと詰めて!」という。すると馬の係の人が「蹴られて死ぬよ」という。それを馬の後ろで足軽の恰好をした役者に言ってもしょうがないんで、撮影陣で話し合ってくれ、と思うのだが、馬の係の人は制作陣のオーダーを受けて馬を連れてきているので、直接は言いにくいのかもしれない。そんなことでまた時間が費やされていく。

 結局その日は、ロケ隊を組んで、大勢のエキストラをバスで移動させ、馬を何頭か手配して、一日かけて、慌てて登城する赤穂の武士と、しずしずと登城する大名行列の2シーンをとって終了となった。それぞれのシーンを合わせても実際に画面に映った時間は1分もないだろう。それでも、この絵がなければ映画にならないのかもしれない、よくわからない。帰りのバスは爆睡だった。爆睡しすぎて、衣装に着替えてからもそれだけは手に持っていた財布がなくなった。バスを探してもらったがないので、盗られたのかもしれない。まぁ、その日のギャラは貰う前だったし、下宿生の財布などいくらも入っていないので、さほどの被害はなかったのだが。

 この時、行列に並んでギャラをもらった後、仕出し屋さんに誘われてエキストラ登録をした。なので、卒業してかろうじて社会人になってからも、何度かテレビドラマのエキストラに駆り出された。制作側から「若いサラリーマン風」というオーダーがあった時に、声がかかったようだ。「紺色の背広持ってるか?髪の長さは?色は?」なんてことを毎回聞かれた。つまり衣装は自前である。行った現場の設定は、社員食堂とかとオフィスとかだった。役はもちろん会社員だ。その頃もまだエキストラには交通費程度のギャラは出ていたと思う。時代劇の話は来なかった。

 その後、いつからそうなったのかはしらないが、東映のエキストラは、ボランティアエキストラと名を替えて、交通費どころか、タオルとか映画村で売ってる土産物とかの記念品がもらえるのみという、ほんとうのボランティアになった。それでもやりたい人が多くいるので成り立っているようだが、ボランティアの人材も高齢化がすすみ、若い人の募集には苦労していると聞く。今の若い人にとっては魅力がないらしい。