時速20キロの風

日々雑感・自転車散歩・読書・映画・変わったところで居合術など。

おばぁはん85歳。強烈なボケかまして孫娘をくの字にする。

 緊急事態の中迷いはしたが、せっかくの娘の誕生日なので、感染対策をしつつ、家で食事でもしようと娘と一緒に一人暮らしをしているおばぁはんの家に行って声をかけた。

 「明日誕生にだからうちに来てごはんいっしょに食べない?」

 娘の呼びかけに、やけに複雑な表情を浮かべるおばぁはん。コロナの心配なのか、車で送り迎えをされるのがおっくうなのか、何なのか、その表情を見て、私も娘も困惑していたところ

 「誕生日って…、私か?」

 いやいやなんでや3月に85歳になったところやろ、どんだけ歳とんねん。

 というツッコミが出るのに数秒の間が空くくらいの衝撃で、娘は腹を押さえ体をくの字にして笑っている。それ見ておばぁはんも爆笑している。娘が何で笑ってるのかをわかってるのかどうかは怪しい。

 見分けはつきにくいが、認知症ではなく天然なのだ。

 おばぁはんは、昨年の母の日にもらったカーネーションの切り花を挿し木して植木鉢の中で育てている。そのカーネーションは5月の光の中でピンクのつぼみをつけている。草花を育てる知識は豊富にあるようで、狭い庭に植木鉢を並べていろいろな植物を大事に育てている。けど天然なのだ。天然だから、この程度のボケは本人には日常で、「こんな勘違いをするようになった」という風に自信を失くしたり、落ち込んだりはしない。笑っておしまい。

 こういうところは見習いたいと思う。娘も、コロナ禍の中なんとか就職先を見つけたのだが、遠方に赴任することになり引っ越しの準備などでバタバタしている。この先、実家で学生をやっているのとは違ったいろいろなしんどい体験をすると思うが、その時にはこのおばぁはんのメンタルを思い出して、笑い飛ばしながら進んでほしいと思う。

おばぁはん85歳。ワクチンの予約をする。

 一昨日のことだが、9時から、ネットで予約ができるというので、パソコンを3台総動員してアクセスを試みたが、回線が込み合ってるとかでまったくつながらない。そもそも1人の予約に3台も使うから混雑に拍車をかけてしまっているので、迷惑なのかも、と思うのだが、前回電話をしてもしてもつながらなかったので、このようにやってみた。まったくつながらないので結局パソコン1台だけ残して気長にアクセスを試み続けた。

 結局12時半になってやっとつながり、2回のワクチン接種会場を予約することができた。みんなつながらないから、昼飯でも食うか、ってことでこの時間に空いたのかな、などと話していたが、本当にそうなら、律儀な日本人ならではである。あとで役所のホームページを見ると、5月1日からはじめた期間内の予約のキャパは埋まったということだ。おばぁはんに伝えると近所の老人仲間も一緒に予約してくれとかいうので、どうも仕組みがわかってないようだ。市が言ってくる健康診断くらいに思っているのだろう。

 

 そのせいかどうか知らないが、昨日は朝からネットがつながりにくい。ステイホームで映画でも見るつもりだったが回線速度が落ちてしまってアクセスができない。何が原因なのかわからないので、PCを再起動し、ルーターを再起動し、モデムを再起動し、それを何度も繰り返し、どうしてもダメなので、プロバイダーに問い合わせようとしたが電話が混みあってるとかでつながらない。

 じとっとしか動かないネットで検索して対処法を調べてみるのだが、なんせ速度が出ないので、ちょっとした検索ものっそりとしか動かない。散々待たされた挙句切れてしまったりする。それでも辛抱強くあれこれと中途半端な知識を総動員して設定をいじったり、対応をしていたら、夕方近くになって急につながった。プロバイダのサイトを見ても何も書いていないから局所的なトラブルなのだろうか。それにしてもリモートの使用が増えた昨今、こんな風に回線の速度が急に落ちてネットに支障がでたりしたら、ちょっと困るなぁ。

 

おうち時間は、とりあえずネットで。でも何もかもつまらない。

今週のお題「おうち時間2021」

 見逃していたり、ちょっと気になっていたテレビドラマをTverで。いつでも見れて便利なのはもちろん、リアルタイムに見るよりもCMが短いとか、字幕が出るとか、付加サービスがあったりする。GYAO!は映画の配信があるので定期的にチェックする。映画となると2時間になるので、テレビドラマよりは時間と体力が必要になる。はずれを引きたくないので、興味を持った映画は別途検索して評判を確かめる。映画の口コミはどうもマニアからの辛辣なものが多い。なんとなくひるんで、別の映画を探して、また口コミを検索する。そんなことをしているうちに2時間くらいあっという間に過ぎてしまう。これなら1本見れたなぁ、と思って苦笑いする。

 昨年は、緊急事態宣言も全国一斉だったから、Stay Homeを応援する目的で、演劇や映画やコンサートの動画がyoutubeで配信されたりしていたが、今回は緊急事態宣言が出されている都市が限られているためか、そういうケアも特になさそうだ。大阪は大きい店やショッピングモールはほとんど閉まっていて、不便なのは昨年と同じなのに。

 「コロナ禍ですが、こんな風におうち時間を楽しんでいます!」という前向きな時間の使い方をアピールしたいけど、実際はどうなんだろう。いろいろ不便だし、これという楽しみもない。言い古された言葉だが、旅行は計画しているときが一番楽しい。その計画をすること自体が無意味になっているこの時期に楽しみは見いだせない。とにかく何をするのも面倒くさい。たまっている本やDVDをまとめて見るとか、若いころ断念したギターに再挑戦するとか、まとまった文章を書いてみるとか、いやいや、こんな時にこそ居合の稽古などすればよいのだが、先が見通せないなかでは、何をやってもつまらない。上手くいく気が沸いてこない。こういうのを、昨今あまり使っている人を知らないが「くさくさする」というのだろうが、まさにいま、くさくさしている。

 コロナのおうち時間。無理に前向きにとらえなくてもいいんじゃないか。つまらないし、面白くないし、不安だ。仕事によっては、家にいればいるだけ生活が立ち行かなくなる人だって大勢いる。

気持ちや暮らしに余裕があれば、他人がやってるスポーツに夢だの勇気だのもらえるのかもしれないが、生活がままならなくなって、切羽詰まってきた中で、スポーツ見て「夢をありがとう」とかいえるんだろうか。言える人だけを見て政治を行えば、その方が儲かるのだろうか。

 感染対策は必須だ。最優先してやるべきだ。だが、やむを得ず、嫌々で、言っていく相手もわからないやり場のない怒りと不安と恐怖を抱えながらやるのが普通の人の反応ではないか。人として当たり前の反応ではないか。

 などと文章に書いたりすることが、多少の気晴らしにはなっていると、ここまで書いてきて気がついた。だからどうということはないのだけれど。

 

読書メモ 健さんを探して 相原斎と日刊スポーツ特別取材班 青志社 2015

 中学生の頃だったと思う。父親が映画に誘ってきた。「リーダーが悪ければ組織は全滅する」とかなんとか気負って言ったあと、お前もこういう映画を観ておくといい、という。高倉健主演の「八甲田山」だった。当時、この映画でリーダー論や組織論を語るビジネスマンが多かったのだろう。高度成長期の猛烈サラリーマンで、若くして管理職をやっていた父親が、話題作をぜひ観ておきたいと思ったようだ。

 映画はものすごく面白かった。綿密に準備をし、人選にも配慮し、村人に道案内を頼むことも厭わず、協力してくれた村人にも敬意を表し、誠実で実直なリーダーを高倉健が演じていた。対比されるのは部隊をほぼ全滅させた北大路欣也だが、これは同行した上官の三国連太郎が見栄とメンツにこだわって威張るばかりのバカ上司で、それに足を引っ張られてどうにもならなくなっていた。

 で、当然だけど中学生にとっては、リーダー論や組織論ではなく映画というもの、そのものの面白さにはまってしまった。それまで映画と言えば東映まんが祭りみたいな子ども用の映画を母親に連れられていったくらいだった。ちょうどそんな時に、クラスの友人が無料のチケットがあるからといって映画に誘ってくれた。「タワーリングインフェルノ」である。面白過ぎた。

 ちょうどその頃だったか、その後だったか、角川映画が大ヒットを飛ばしはじめた時期で、商売っ気満載のエンタメ路線にやすやすとはまった私は、プロフィールの趣味の乱の一番目に「映画鑑賞」と書くようになった。

 そうやって何年かして、私は映画好きな大学生になり京都で暮らすようになった。京都というのは学生が多く、学生を対象にしたさまざまな店やサービスがあった。中でも一乗寺にあった京一会館という映画館は、500円で3本立てが観れた。その3本は、館長がテーマを決めてそれにそった3本で構成されているといわれていた。ある時冬の3部作が放映されていて、私はその3本の中の「約束」が目当てだった。「約束」は、萩原健一岸恵子が主演した名作だ。もう1本は忘れてしまった。そしてもう1本が、高倉健主演の「駅‐station」だったのだ。で、この「駅-station」にドはまりしてしまったのだ。劇場で売っていたポスターを買って、ずっと下宿の壁に貼っていた。男子大学生なのに80年代アイドルのポスターではなく、高倉健だった。

 そこから高倉健が出る映画は全部劇場で観た。テレビの深夜の再放送とかで「昭和残侠伝」や「網走番外地」なんかも観るようになった。あげくに、冬の北海道にあこがれて、実際に冬に北海道に一人旅を敢行した。北海道ワイド周遊券というのが当時はあり、乗り放題だった。冬だけは特急の自由席にも乗れた。旭川から夜行に乗って一晩過ごし、早朝の稚内から留萌に向かい、映画の舞台にもなった増毛駅に行った。映画の情景そのままの終着駅に感激して、あえて増毛の商人宿に投宿した。季節外れの雪の中、突然宿を求めてきた関西弁の大学生に、宿のおばさんは親切だった。なんでこんなところに、と聞かれたので、映画の話をしたら、健さんも映画の人もみんな留萌に泊ってたから増毛にはあまりいなかったよ、といわれてちょっとカクっとなったりした。それでも北海道にはたびたび行った。冬は鉄道で、夏はバイクで。

 今、このときほどに心を動かされる経験はなくなった。それが歳をとるということなら、まぁ、それはそれでいいこともあるが、寂しいことでもある。「駅‐station」はDVDを持っているが、なんとなく観れないまま長い年月が経っている。

 

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読書メモ Let’s ゆるポタライフ こいしゆうか 山と渓谷社2019

たのしくおしゃれに自転車生活はじめませんか? というキャッチが入っている。マンガである。エッセイ漫画というらしい。登場人物のOLらしき女子2人が、自転車にはまった知人から「遊びながら痩せられる!」と聞いて自転車をはじめようとするところから話がはじまるので、自転車に関しては超初心者向きである。もともと持っていた古い自転車を引っ張り出してきて、知人のイケメンモデルを指導講師役に、ポタリングを経験。街の走り方を学んで、徒歩より楽に、少し遠くに、を合言葉に、1日10㎞以下の「ゆるポタリング」宣言。さて、新しい自転車を買いに行こう、というところから、何を買えばいいか、の情報があり、さあ乗ってみよう、というところから最低限のメンテナンスのレクチャーがあり、遠乗りに必須のパンク修理のレクチャーがあって、いきなり「輪行」体験。自転車を分解して輪行袋に入れて、それをかついで電車に乗る。電車で目的地についたら、そこで自転車を組み立てなおして、現地をポタリング。登場人物の2人組は、一人は折り畳み式のミニベロ、もう一人はロードタイプというコンビである。このおふたり、鎌倉の輪行を経験したら、次はいきなり、2泊3日でしまなみ海道に向かう。いやいや、ゆるゆるポタリングというなら、もう少しチャリ散歩の楽しみを伝えてもいいのに~と、しまなみ海道には当分行けそうにない私は思う。

 ポタリング、あるいは散走ということばもあるが、自転車で街を走ればいろいろな新発見に出会う。見慣れた、あるいはしょっちゅう車で通っているような「近郊のショッピングモールまでの道」であっても、車の時速60㎞では見えない景色が、自転車の時速15㎞だと見えてくる。車で通る道を避けて、一筋脇道に入るとまったく違う景色になる。知らなかった神社があったり、古い家並みがあったり、昔の赤い円筒形の郵便ポストが現役で残っているのを見つけた時もある。

 そうやって何かしらの思わぬ発見をした瞬間に、チャリ散歩は「旅」になる。なのでチャリ散歩をするときは、できるだけ「道に迷う」ことにしている。細道を見つけたら、考える前にさまよいこんでいく。ふらふらと田舎道を走っていると、路地だと思って入っていったら民家の玄関先で行き止まりになっていて、庭にいた住人に「何の御用?」と不審がられたりもする。かと思えば、いきなり視界が開けて目の前に田園風景が広がることもある。

 さて、ゆるポタ初心者のおふたりは、いきなり聖地ともいえるしまなみ海道を制覇したのだが、まだまだポタリングライフを続けるようだ。

 本書で個人的に興味深かったのは、ミニベロとロードがさりげなく比較されていたこと。実は、次に買い替えるときに、ミニベロにするか、ロードバイクにするか、ずーっと楽しみながら迷っているのだ。同じ眼鏡とはいえ、運転用の遠くが見える眼鏡と、近くが楽に見える老眼鏡みたいに、用途が違う。2台持てばすべて解決ではあるのだが…。まだしばらく迷うことにする。

 ちなみに、ポタリングででも時速20キロくらいになると風が変わる。風の中にいる感覚が心地良くなる。

 昔オートバイに乗っていた頃は、自転車で風を感じるなど夢にも思わなかったが、オートバイで走っているときの、強風と風切り音とエンジン音を全身にまとう感覚よりは、時速20キロの風の方が今は楽しい。

 

チャリ散歩 岸之浦大橋を渡る。人気がない人工干潟にたたずむ。

 岸和田市立浪切ホールを横目に、さらに海の方に進むと漁港がある。その漁港で毎週日曜日の9時から15時に開催されているのが地蔵浜みなとマルシェ。屋台の軽食があったり、海鮮バーベキューができたりと、獲れたての海の幸を楽しめる。規模は小さめだが、大阪府鰮巾着網漁業協同組合主催だけあって、海鮮の鮮度は間違いなし。生シラス丼もいただける。生シラス丼と言えば、数年前に湘南の江ノ島で長い列に並んで、苦労して食べた記憶があるが、こんな近場でも食べられるとは知らなかった。コロナのせいか、いつもこの程度なのかは知らないが割と空いていた。

 漁港から、ちきりアイランドと呼ばれる埋立地に向けて、岸之浦大橋がかかっている。自動車専用かと思ったが、橋の北側に歩道がついていて、歩行者や自転車が通れるようになっている。橋は勾配もややきついが、景色を楽しむべく自転車は押して歩く。海風が強い。

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岸之浦大橋

 橋を渡りきるとちきりアイランドだ。埋立地は工場や倉庫がいくつか出来ていて、まだ工事中の区画もある。日曜日ということで人気がなく殺風景だが、岸之浦緑道という歩道が作られ、ところどころにベンチがあったりして公園のような風情なのだが、いまのところ自動販売機も見当たらない。公衆トイレも見つけられなかった。緑道を通ってぐるっと一回りしてみた。1台の車が結構なスピードで走ってきた。道路は広く、直線が多く、人気もないから自慢の車の走りを確かめているのかもしれない。何度かすれちがったから、埋立地の外周道路を周回しているんだろう。1台くらいならいいが、こういう車が増えてきたら、やっかいなことだろう。

 埋立地には、漁港と向かい合わせになる側に人工干潟がある、老人が一人釣りをしていた。橋の下で猫が一匹丸まって寝ている。老人が連れてきたのか、ここに住みついている野良猫か。

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 トイレに行きたくなってきたので陸の方に戻る。橋を渡って浪切ホールの横の岸和田カンカンモールでトイレを借り、ついでに缶ビールを買って、スマホの地図で見つけた、すぐ近くの海辺の小さい公園に行く。アクアパークと地図にはある。ショッピングモールの裏手にあたり、人気が少ない、とスマホの地図に添え書きがあったので、適当なベンチを見つけて、海を眺めながらbeer休憩、と思ったのだが。若い人5~6人のグループが4つくらい?缶のアルコール飲料を片手にヒップホップ系の音楽を鳴らしてわいわいやっている。ウェイ系パリピということばを聞いたことがあるが、本当にウェイウェイいうんだな、と感心した。彼らから遠く離れたところに見つけた人気のないベンチでbeer休憩を楽しむ。Beerはやっぱり太陽の下、外で飲むに限る。チャリ散歩は単独行なので、ウェイウェイいうこともないし、飛沫感染させることもさせられることもない。

 それにしても、今年のゴールデンウィークも外出や外食に制限が出るとは。

 救命救急センターの医師によると、今回の感染者は人工呼吸から脱するのに時間がかかるようになっていて、今までの症状とは異なってきているということだ。回りでも明らかにメンタルが弱ってきている人がいるし、逆に開き直って路上で飲んでる人もいるし。みんなしんどそうだ。

 この先、感染対策を遠因にした異様な事件とかが起こらないことを祈る。

読書メモ 「魔眼の匣の殺人」 今村昌弘 東京創元社 2019

 映画にもなった「屍人荘の殺人」の第2弾。映画のキャストでいうと、神木隆之介さんと浜辺美波さんが再度登場して再びクローズドサークルにおける殺人事件。オカルトとミステリの融合。このパターンはこの作者の発明なんだろうか。1作目の衝撃も相当だったが、本作も十分に楽しめた。小説のラストでは第3弾の「匂わせ」もあったので乞うご期待、というところ。

 ミステリは小学生時代に、ポプラ社の少年探偵団シリーズを読んで衝撃を受けて以来読み続けているのだが、理系パズル脳に欠けるので、理屈っぽいところはついていけずに読み飛ばし気味。細かい伏線を見つけてなんとか正解を出そうという意欲にも欠けるので、謎解きには参加せず、ひたすらサスペンスっぽい部分を楽しんでいる、というミステリ愛好家には眉をしかめられるような読者なのだが、この小説もそんな感じで理屈っぽい部分は意欲をなくして読み飛ばし気味。探偵さんが関係者を一堂に集めての謎解き場面を見て、答え合わせを見物する。

 そこまでだと「ふーん」なのだが、そのあとに「えーっ」が来て、「おー、そうか」となり、ラスト2行の「匂わせ」で、第3弾も楽しみやなぁ、と思わせる。若いのに、なかなか達者な作者である。

読書メモ 真実-新聞が警察に跪いた日 高田昌幸 2014年4月25日 角川文庫

 新聞の書評か何かで見て興味を持って手に入れた本。文庫で2014年が初版。けっこう古い。何気なく読みだしたのだが、清水潔氏の「殺人犯はそこにいる」(新潮文庫)に匹敵する衝撃的なノンフィクションだった。

 北海道警察の裏金工作を暴いた北海道新聞が、道警から嫌がらせを受けるのだが、情報を得るために警察とは持ちつ持たれつの関係を構築している新聞社にとって、警察からの情報が得られないと事件の報道に支障が出る。警察だけでなく新聞社内からも記者に対するクレームの声が出るようになる。その最中、北海道警察の新たなスキャンダルが報道される。「泳がせ捜査」に失敗して覚せい剤130キロ、大麻2トンという大量の違法薬物が道内に流入したというのである。これに対して北海道警が捏造記事だとクレームをつけ、北海道新聞はそれを受けてお詫び社告を掲載するに至る。だが真相は。

 本書で著者も書いているが、一人ひとりは根っからの悪人ではなく、常識的な市民なのだろう。しかし、その人たちが組織に属し、組織に属することから得られる個人としての利権を守ろうとすれば、一般的な正義などはあまりにも脆く崩れ去るということが、本書ではノンフィクションとして明らかにされていく。警察も新聞も、いわゆる「えらい人」たちはみんな保身第一で薄汚いのだ。こういう人たちは、ちょっと古いテレビ時代劇を観れば、たいていは、印籠の前にひれ伏したり、庶民に扮した将軍に成敗されたり、首筋に簪を突き立てられたり、三味線の糸で吊られたりしているし、刑事ドラマを観れば、角刈りでサングラスの団長にショットガンで撃たれたり、イケメンの若い刑事にどつきまわされたりしているはずだ。彼らに、どれかの役を選んでいいよといえば、三味線の糸で鴨居から吊られて白目剥いてピクピク痙攣する役よりも、殺陣をかっこよく決めて悪を成敗する役を選ぶはずだ。何より、そういうかっこいい正義を夢想して、警察や新聞社の門を叩いたのではなかったか。

 そう思えば、さて、人は何を目指して生きているのだろう。仮に最後は印籠の前にひれ伏す羽目になろうとも、やはりカネと権力を手にしたいのか。現実は、カネと権力を手にすれば、時代劇や刑事ドラマが描く絵空事は起こりようもなく、成敗されることもないということか。

 

 で、本書を読んだ中で一番驚いたのは、捏造だ、と裁判まで起こした「泳がせ捜査の失敗」は、実は「泳がせ捜査の失敗」ではなく、やくざと警察が組んだ「膨大な量の覚せい剤の密輸」だったということだ。そういう意味では、まさに、新聞社としては恥じ入るべき大誤報だったのである。「稲葉事件」と呼ばれているようだが、道警の拳銃摘発の成績をあげるために、やくざから拳銃100丁をもらい受ける代わりに莫大な量の覚せい剤の密輸を、そうと知りながら見逃した、という事件だったのである。その件については、当事者である稲葉圭昭氏の著書などノンフィクションが刊行されており、2016年にはそれらを原作に「日本で一番悪い奴ら」というタイトルで綾野剛が主演し映画にもなっている。

 ただ一人、この騒動の中で、裏金を知っていたといえば組織を裏切ることになる、知らなかったといえば道民と自身の良心に嘘をつくことになる、その葛藤の中、自殺を選んだ警察署長がいたそうだ。真面目を絵にかいたような人物だったという。

 組織の中における正義とは、こういう形でしか表現されないものなのか。

オリックスはイチローをCMに使うけど現役の選手は使わないのだろうか

今週のお題「下書き供養」

 阪急、近鉄、南海、京阪、阪神、と大阪市内に起点を持つ鉄道会社は多い。それぞれが、遊園地などの集客施設を作ったり住宅街を造成したりと沿線開発を行ってきた。中でも、阪急と近鉄と南海と阪神は、沿線に球場を作りプロ野球チームを持っていた。そのうちの阪急と近鉄と南海がパ・リーグに属していた。阪神だけがセ・リーグに属し、東京の巨人へのアンチとして大阪の代表のような位置づけで人気を博していたのだが、結局は当時の巨人の人気の裏返しのようなものだったのだろうと思う。常に巨人に対抗する阪神という捉え方を関西人はしていたと思うので。

 

 で、パ・リーグに属していた3球団は、阪急がオリックスに変わり、後に近鉄と合併してオリックス楽天に分かれた。南海は、ダイエーに変わり、その後ソフトバンクに変わった。

 昨今、それぞれの球団が、かつての球団のユニフォームを着て試合を行うイベントを行っていて、オールドファンを感涙させてくれている。そういえばそのイベントでダイエーの監督だった王貞治氏が南海のユニフォームを着てベンチにいるのを見たときはちょっと複雑だった。南海と言えば野村克也氏がその代名詞となるような球団で、華やかな大スターである王や長嶋に対して、自分は日の当たらない月見草だといったことは有名である。その月見草のユニフォームを、野村氏が晴天の元に咲き誇るヒマワリにたとえた王貞治氏が着ているのである。

 

 話がそれたけど、今思えば、大阪の中心部から言えば1時間もかからないような通勤エリアにプロ野球の球場が3つあったわけである。パ・リーグ6球団のうちの3つがあったのだから、大阪はプロ野球天国で、常にどこかしらでプロ野球が行われていて、会社帰りにナイターを見に行こうと思えば、それこそいつでもどこでも、の状況だったわけだ。野球ファンにとっては贅沢この上ない環境だったのである。

 

 しかしその頃は野球はセ・リーグで、関西の球団といえば阪神で、難波や西宮や藤井寺、日生というパ・リーグの球場は閑古鳥が鳴いていた。

 無料の招待券をもらってなんば球場に南海の試合を観に行ったら、売店もないので、入場口でもぎりをやっていたおじさんに、球場内でお弁当とか売ってないのか聞いたら、「一回出て高島屋あたりで買ってきてください。半券なくても、顔覚えてますから大丈夫」といわれたことがある。

 客席はがらがらで、みな寝転がって試合を見ている。試合の展開と全然関係ない場面で、わーっと歓声があがるのでどうしたのかと思ってたら、スコアボードにある他球場の結果のTの数字が変わった。つまり、なんば球場で寝転がって、ラジオで阪神戦を聞いているのだ。

 そうこうしていたら、外野席の観客が一斉に動き出して、外野席の端に集まりだした。なんば球場は、内野席と外野席の境にブルペンが設置されていたのだが、当時トレードで南海に移った江夏豊投手が投球練習を始めたのである。観客は試合そっちのけで、ブルペンの江夏を見て「阪神に帰ってこーい」などと口々に叫んでいるのだ。1塁側の客と3塁側の客が口論できるくらいに、静かな球場なので、グラウンドにいる選手にも聞こえているだろう。同じプロ野球選手としてどんな気持ちだったのだろう。

 パ・リーグの、関西のどのチームのなんという選手か忘れたが、活躍した日は、まず阪神の試合結果を見る、といっていた。関西のスポーツ新聞は阪神一色なので、自分たちが1面を飾ることなど滅多にない。阪神が大負けしていたり試合がなかったら、仕方なしに自分たちが取り上げられることもあるから、まずは阪神の試合結果が気になるのだそうだ。その選手は、自分が大活躍をした日に阪神が移動日で試合がなかったことがあり、さすがに明日は俺が1面を飾るだろうと翌日のスポーツ新聞を楽しみにしてみたら、新幹線の新大阪駅で電車を待つ背広姿の阪神の選手たちの写真が1面で、「いよいよ直接対決!決戦の後楽園へ」みたいな見出しがついていた、と嘆いていた。

 で、そんな中でふと思ったのがタイトルに書いたオリックスのCMだ。川栄李奈さんがメインだが、イチローが出てきて、オリックスといえばイチローというイメージになんの違和感もなかったのだが…。

 近鉄オリックスという2つのチームが合併してそれぞれから優れた選手を集めたオリックスだったが、だからといって強いチームになるわけではないところに人間集団の難しさがあるのだろうなぁと思ったりする。

読書メモ 「鉄路の果てに」清水潔 2020年5月 マガジンハウス

 著者は「桶川ストーカー殺人事件」「殺人犯はそこにいる」などのドキュメンタリーで高い評価を得ているジャーナリストである。本書は、シベリア抑留体験がある亡父が残したメモに書かれた「だまされた」の文字の意味を知るべくシベリア鉄道の旅に出た旅行記だ。

 ミステリー小説のような導入で始まる本書は、旅行記としては、同行者で盟友である「センセイ」との軽妙な掛け合いも楽しいおっさん二人の愉快で笑える旅日記と、大日本帝国が日清、日露戦争を経て拡大した領土を第二次世界大戦によってすべて失うまでの戦争の歴史を一望できる構成になっている。

 著者は、一連の戦争のありさまを、シベリア鉄道をキーワードに俯瞰していく。読んでいて思ったのは、当時の国家運営というものが、まるで中小企業のワンマン経営者の個人企業の運営のようにして行われていたのだな、ということだ。もちろん欧米列強の植民地政策から東アジアを守るという大義もあったのだろう。そこには嘘はないにしても、たとえば、すべての人々を病苦から救うことがわが社の使命である、という大義で経営されているであろう製薬会社が、人命よりも利益を優先して薬害事件を起こしてしまうのと同様に、なぜか人はやらかしてしまうのだ。

 

 しかしながら、国家経営の失敗の被害は、国民全員に及ぶ。失政は、カネを失うだけではなく、国民の命を数百万の単位で失い、それに伴う数えきれないほどの不幸や苦痛や哀しみを産む。大日本帝国だけが悪いのではない。どの国も自国の利益優先で利己的にふるまった挙句の不幸なのだ。自国の利益というのは、言い換えれば、その時の為政者の利益だ。為政者の利益となれば、国家の大計から、個人のちっぽけな、くだらないメンツまでを含む。

 

 それにしても日清戦争明治27年日露戦争明治37年である。物心ついたころにはまだ江戸時代で、ちょんまげに着物姿が当たり前だった世代がまだ十分に存命していた頃である。このわずか30年の間の日本における世の中の変化はあまりにも激しいのではないか。たとえば、ぼちぼち定年を迎えるサラリーマンが、新卒で働きだしてからおよそ40年である。個人史や生活史でいえば、変化はあっただろうし、テレビや電話やパソコンなどという電化製品の進化は目を見張るものがあるが、当たり前とされていた生活様式に関しては、根本的な変化はない。40年前に就活のために手に入れた背広は、今は背広などとは言わず、スーツというようになったが、基本デザインは変わらない。クールビズでネクタイ姿が必須ではなくなった、という程度の変化はあるが、30年前はみんな背広に七三の髪形だったが、今思えばあんなかっこ悪い姿でよく道を歩けたよね、と笑っている人たちが着物にちょんまげ、と想像すれば、その変化の激しさが想像できる。

 「この本読んで一番感心したのはそこか?」と著者に呆れられそうだが、肝心な読みどころは、十分な読みごたえがある。戦争が残したものは、終わった過去の遺物ではなく、その因果は今も継続していることに気づいて背中が寒くなる。