時速20キロの風

日々雑感・自転車散歩・読書・映画・変わったところで居合術など。

読書メモ キネマの神様 原田マハ 文春文庫

 山田洋二監督による映画化が決まっていて、主役は志村けんさんがキャスティングされていたのだが、新型コロナで入院となり降板。その発表の直後、志村さんは亡くなってしまう。「天才!志村どうぶつ園」を長年毎週観ていたので、驚きは大きかった。

 映画は、志村さんの代役を沢田研二さんが引き受けて、撮影が続けられるということだ。

 さて、小説である。文庫の初版は2011年5月10日。そこから版を重ねて32刷が2020年の2月25日に刊行されている。その段階では、まだ新型コロナはそれほど身近ではなかった。2月の末ごろに話をした知人の医師も「流行り風邪だ」といっていた。文庫の帯には、「映画化決定」と書かれ、志村けんさん、菅田将暉さん、永野芽郁さん、宮本信子さんの写真が掲載されている。

 原田マハという作家のことは全く知らなかった。書店にいくとたくさんの文庫本が平で積まれていたので、売れっ子なんだな、と思ってはいた。お兄さんが原田宗典さんだということをWikipediaで知った。原田宗典さんの「スメル男」は傑作だ。

 さて、小説である。映画が大好きなのだが、ギャンブルで身を持ち崩している老人と、その娘で、同じく映画が大好きで、大手デベロッパーでバリバリ働くキャリアウーマンを主軸に、話は展開する。展開するといっても、派手な事件が起こるわけでもなく、限られたエリアで、限られた人たちが巻き起こすちょっとした出来事がつづられていく。ところがどうしても、映画化と新型コロナによる出来事とからまりながら読み進めるので、作者にとっては不本意なのかもしれないが、実際に読みながら「これ、映像にできるのだろうか」「このくだりを映画ではどうやって見せるのだろう」と余計なことを考えてしまう。そしてやはり、志村さんと沢田さんと、どっちがどうなのか、どっちだったらどうだったのか、いちいち映像を思い浮かべてしまう。志村さんは毎週テレビで見ていたが、沢田さんは、いつだったかコンサートをドタキャンしたとかがニュースになったときに、ワイドショーでその姿を久しぶりに見た。その時の風貌と偏屈ぶりなら、主人公の役ははまるんじゃないか、と思ったりした。

 さて、映画ではなく小説だ。映画について文章で表現するなら、この方法しかないかな、と思う。小説の中で取り上げられる映画も、ことさらマニアックなものではなく、誰でも見たことがあるような有名な映画だ。にもかかわらず、とてもスリリングなのである。何が?もちろんストーリーの展開が。でも突飛でもなんでもない。この設定でスリリングに展開させることができるのは、やはり作者の腕だろう。それも安心して読み進められるスリリングさだ。

 そして、当たり前だが、全編、ほとばしるような映画への愛にあふれているのだ。けど決してマニアくさくはない。映画は好きでも、マニアではなく、映画評を熱く語るわけでもなく、普通に娯楽として好きなだけだ、という人でも、ぜったいに置いてけぼりにはならない。実際に私がそうだった。

 読み終わって、映画が見たいなぁ、と思った。学生の頃は、いわゆる「名画座」はたくさんあった。繁華街にもあったし、郊外にもあった。郊外の名画座は3本立てで500円。館主が選ぶ3本を、6時間座りっぱなしで見るのだが、時間だけはある学生にはありがたかった。その映画館で、「駅」「約束」「旅の重さ」なんていう映画を見た。あまりにも渋いチョイスだ。

読書メモなのに、映画の話題になっているが「キネマの神様」の読後なのだからこれでいいのかもしれない。古い名作映画がやたらに見たくなる小説だ。