窓の外を見てください。 片岡義男 2019.7.22 初版 講談社
80歳を超えているのだそうだ。そうかこっちも歳とるわけだ。
文庫「幸せは白いTシャツ」の初版が昭和58年だから1983年。37年前になる。
83年にはコミックモーニングでわたせせいぞうのハートカクテルの連載が始まる。
そのふたつが、僕にとっては、目新しくてポップでアメリカンでおしゃれなものとして、印象に残っている。
片岡の作品に「マーマレードの朝」というタイトルの小説があり、それで「マーマレード」なるものを知って、とてもあこがれたりした。
それ以来、片岡義男の文庫本は、ほとんどタイトルで買っていて、それを読んでることで自分がちょっとイケてる感じになれた気がした。
服装や髪形でおしゃれをする勇気もテクニックもお金もなかった当時の僕は、自分では内装や雰囲気がこじゃれていると思っていた喫茶店で、実際はうまいと思ったことがないコーヒーと、吹かしているだけのたばこを片手に、片岡義男を読むことが、自分なりにかっこのいい時間の過ごし方だと思っていた。
けどこの年に流行った梅沢富美男の「夢芝居」を、僕はカラオケの十八番にしていて、年下の尾崎豊の「15の夜」を聞いて、わけもなく興奮したりもしていた。
さて「窓の外を見てください」である。その片岡義男の新刊の長編小説だ。まだ新刊がでるんだ。とやや驚く。
読み始めてすぐに気づいたのが、この作者独特の、女性のセリフの言い回しである。
今時、こんなしゃべり方をする女の人はいないのよ。そうね。そうおもうわ。
あぁ、片岡義男だ、と思った。80歳を過ぎて若い女性との会話も減ったのか。それともこれが作者の世界観なのか。世界観なのであった。急遽読み返した37年前の文庫でも同じ口調で女性たちがしゃべっていた。
小説に登場する、知的で、おちついて、おだやかに、やわらかく、けどしっかりと断定する話し方の女性は、実に不思議でリアル感がないのに何故か魅力的で、その魅力が片岡義男の作品の魅力に完全に一致している。僕の場合だけど。
「窓の下を見てください」では、主人公がデビューしたての小説家で、第2作目の短編集を構想するために、かつての知人である3人の女性に会いに行く、という物語だ。小説の中で主人公が小説を構想し短編を書く。
ふとした光景から小説家がどういう風に物語を構想し膨らませていくのか、そのあたりが細かく書かれていて、作者の手の内が垣間見れる趣向になっている。「小説の構想の仕方」というハウツー本の様相もあるのである。
しかし、昔も今も、この作者の小説に出てくる登場人物は、なんだかわからないけど経済的には困窮している様子がない。たいしてお金になる行動や仕事もしてなさそうなのだが。
結局あこがれるだけでまねはできない世界である。
僕は、スーパーで安いマーマレードジャムを買ってきて、トーストに塗りたくり、インスタントコーヒーで飲み下す。
現在作者は、片岡義男.comというサイトでコラムを書いたり、作品の電子化を進めたりと旺盛に活動している。また「青空文庫」で作品の無料公開を許可している。
過去の名作のいくつかは、青空文庫で無料で読むことができる。
https://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1506.html