時速20キロの風

日々雑感・自転車散歩・読書・映画・変わったところで居合術など。

「悲素」帚木蓬生 を読む。

 2015年に新潮社から単行本の初版が出ている。文庫になったのは2018年だ。全く知らなかった。当時は話題になったんだろうか。それとも、もう事件そのものの関心が薄れて本書もさほど話題にならなかったのだろうか。

 この本は、小説である。つまりフィクションだ。が、たぶん限りなくドキュメントに近いフィクションなのだろうと思う。フィクションにしたのは、警察が出した食事が、カツ定食のところをうな重にしたところくらいじゃないか、と思えてしまう。

 薬物中毒の専門家である医師と警察がどのようにして加害者の犯罪の証拠を積み上げていったか、というプロセスは専門性の高い記述も多く、退屈してもいいはずだが、ぐいぐいと読ませる。そもそも、この作者の作品で「はずれ」を引いた記憶がないのだが、今回も引き込まれた。

 カレー事件の捜査のはずが、どんどんと出てくる砒素を用いた傷害、殺人、保険金詐欺事件。しかし、裁判ではこれらの過去の保険金詐欺事件は不問にされ、動機や直接証拠があいまいなままにカレー事件に焦点を当てた判決になっている。

 私がこの本を読んでもっとも腹立たしかったのは、犯人の所業は当然として、次点はこの裁判官たちだった。

 実は、まだ最近の事件である「乳腺外科医による準強制わいせつ事件の裁判」でも、一審の無罪が控訴審で逆転有罪になるというケースがあった。この裁判の焦点は術後のせん妄についてであったのだが、裁判長は日本のせん妄に関する臨床の第一人者の証言を無視し、せん妄の鑑定には適切ではないと思われる経歴の精神科医の解釈を採用している。証拠となるDNAの試料採集や科捜研による鑑定にもずさんさが指摘されているが不問にしている。この判決には多くの医師らが憤りの声を上げている。

 

 嵐の松本潤が主演した「99・9」という弁護士ドラマで、悪い裁判官を演じた笑福亭鶴瓶の決めセリフは「ええ判決、せえよ」だった。これをいわれると、若手の裁判官が委縮する。鶴瓶がいうところの「ええ判決」は、真実を明らかにすることでも正義を実現することでもなく、「自分たちの出世に有利になるような判決」なのである。

 

 ドラマの世界では、刑事が、科捜研が、弁護士が、検察官が、命と誇りを賭けて正義を貫いてくれるのが常だが、この世に実際に存在するのはそんなヒーローやヒロインではなく鶴瓶が演じたような裁判官だけ、なのかもしれない。という気分になってしまう。

 ちなみに、法科大学院ができてから、医師であり弁護士である、というダブルライセンスで活動する方が増えた。そういう方に聞いた話だが、まず医学部を出て、医者になったら、周りが変な人ばかりで驚いたが、司法試験に受かって弁護士の世界に入ったら、もっと変な人が山盛りいてひっくり返りそうになったそうだ。

 とはいえ、カレー事件の捜査にあたった刑事らのように、日の当たらないところで地道に仕事をした人たちもいるのも事実なのである。そういう人たちに関心を持っていたい。