尾上縫をモデルにしたミステリである。
が、全編、バブル経済の頃の世相がさまざまに描かれていく。
当時の様子を振り返りながら、なるほど、こんなことだったか、と今更ながらに、あぶく銭に踊らされた人々の心情を考える。
本書は、フィクションである。だが、バブル経済の狂乱の様子は事実に近いだろう。
そもそも、渦中からバブル経済と呼ばれていたのだ。実態がないあぶく銭だということはみんなわかっていたはず。
それでも目の前の、かなりの確率で勝が見えているマネーゲームに、参画しない方がバカだ、という風潮だったのだろう。
踊らにゃ損損
その当時、テレビからは、カネ余り、だの、レジャーなんちゃら、だの、遊べや遊べ、金使え、という言葉があふれていた。
業種的にも、企業規模的にも、バブルになんの恩恵も受けていない私なんぞも、若かったこともあるが、夜な夜な、飲めや、歌えや、と遊び惚けたものだった。
その頃である。関西ローカルの朝のラジオのパーソナリティである浜村淳さんが、金なんかあまってない、資源のない日本が現在あるのは国民が勤勉に働いたからです。
遊べ遊べ、金使え、みたいなことをやってたら早晩ダメになる、と一生懸命しゃべっていた。
そらそうやろうけど、とは思ったが、結局その通りにバブルははじけて、世の中の浮かれた気分は一気に沈んだ。さすが浜村淳だと大いに感心したものだ。ラジオは今でも続いている。
会社の近くにあって、常連になっていたカラオケスナックもつぶれてしまった。しばらくしてからそこのマスターが不意に会社を訪ねてきて
店をたたんで、今は保険の営業をやっている、という。
一介の客であった自分を覚えていて、わざわざあいさつに来てくれたのかと感激して思い出話に興じていたら、保険に入ってくれ、という。
それまで生命保険など何の関心もなかったが、結婚したばかりだったこともあり、終身保険を契約した。
後にも先にも、生命保険の類に入ったのはこれだけだ。かれこれ30年ほどになるが、今でも毎月掛け金を払っている。
小説としては、数名の独白が交互に出てくる構成ですいすいと読める。
最後には、ミステリらしいどんでん返しもある。
バブル期を肌で知っている世代には、懐かしく読めるだろう。
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