時速20キロの風

日々雑感・自転車散歩・読書・映画・変わったところで居合術など。

居合 手の内と「あがる」の意味

 弓道の小説を読んで、弓道にも「手の内」というものがあることを知った。居合でいう手の内、というのは、単純にいうと、柄の握り方のことである。斬り下ろしでも、袈裟でも、刃筋が通って速い斬撃をするためには手の内が最大に重要だ。

 が、無双直伝英信流の場合、初心者は、初伝の最初の型に出会った際、およそ1キロ弱の鉄の棒を片手で水平に振る、という体験をする。肩や腕に無駄な力を入れず、力を抜いて手の内の締めで振れ、といわれるのだが、どうしても柄を握る拳に力は入る。拳を強く握りしめると、腕の動作は鈍くなる。それを防ぐ術が、柄の握り方にある、ということだ。

 

 知人の稽古会では、床置き型のサンドバッグを木刀で叩く、という稽古を行っている。型として刀を振る場合と異なり、実際にサンドバッグに向かうと、どうしても強く叩きたいという欲が出て、無駄な力ああちこちに入る。また、立業の要領で、歩いて近づきながら斬りつけようとすると、たいてい剣先が届かない。相手のいない型稽古では、なかなか間合いがつかめないのだ。

 サンドバックでこれだから、刀を抜いて、目を血走らせているような人間が相手なら、間合いどころか向かい合った瞬間に恐怖で気絶するんじゃないかと思う。

 

 この時も、サンドバッグを力いっぱい叩こうとして、手の内が、グー握りになってることを指摘された。叩いた時に、バシーンと威勢の良い音を出そうとして力んでいるのだ。叩く瞬間も叩いた後も、右手の中指と親指の先が触れているかどうか。基本中の基本なのだが、それがわかるのはかなり経ってからのことで、初心者の頃は、型の動作を覚えるのに夢中になってしまう。とはいえ、初心者に手の内の稽古ばかりさせても退屈してしまうし、教える側もジレンマになっているのではないかと思う。

 

 とにかく「力が入る」ことが、最大のNG事項なので、以下に力を抜けるかが重要なのである。

 人間は、緊張すると肩や上体に無意識に力が入る。そうなると、脱力した状態と比べて、肩が上に上がる。その状態を「あがる」というのだ。と先輩に教わった。人前でスピーチをしようとしてあがる、あがり症、とかいう「あがる」の語源だということだ。本当かどうかは定かではありません。