時速20キロの風

日々雑感・自転車散歩・読書・映画・変わったところで居合術など。

回想法4 修学旅行の安宿と肉三昧ロックンロール

  かれこれ35年も前のことだ。いよいよ残り少なくなってきた京都での学生生活をどんな風に過ごそうかと考えつつ、卒業旅行の資金もためなければ、ということで、「記憶に残る珍しいバイトをして小遣い稼ぎもしよう」と欲張った計画を立てた。

 当時は、ネットもスマホもない。アルバイト情報誌を書店で買って仕事を探すのが当たり前の時代だった。

 

 その旅館は、修学旅行生専用らしく、一般のお客の受け入れはなさそうだった。

 僕らの仕事は、厨房と仲居さんのお手伝いだ。夕方に入って、夕食の準備を手伝い、配膳をし、学生が食事をしている間に各部屋の布団を敷いて、それが終わったら食事の後片付けをする。その後、仮眠をとって、朝食の手伝いと布団の片付けをして終わり。

 

 配膳だが、仲居さんは、足のついたお膳を何台も縦に積んで運んでいく。とてもじゃないけど真似できない。せいぜい3つ積んで運ぶのが精いっぱいで、それでも足元はふらついて、廊下で転んだりしようものなら旅館にも学生にも大変な迷惑をかけてしまうので、配膳よりも布団敷きの方を主にやっていた。

 ある高校では、布団を敷こうと押入れをあけたら女子高生が2人転がり出てきた。どうも押入れに隠れていたらしい。

「もう食事が始まるよ」というと、笑いながら走り去ったが、先生もたいへんだ。

 夕食にも学校によってランクがあった。厨房のおっちゃんが「葉っぱとあぶらつけてくれ」というと我々はお皿にレタスを敷いて、その上に揚げ物を置いていく。これをバイトのメンバーで流れ作業的にやっていく。揚げ物は、旅館で揚げるのではなく、揚げたものを業者さんが持ってくる。その時々で、から揚げだったり、ミンチかつだったり、とんかつだったりするのだが、学生に出す食事は、そのまま我々バイトや厨房のおっちゃんたちの賄い食にもなるから、業者から届く「あぶら」が何か、はバイトの面々の最大の関心事である。

 食事の後片付けが終わってから、ようやく我々の遅めの夕食になるのだが、後片付けの最中に、手が付けられてなさそうな料理があったら「もったいないなぁ」とかいいながら取り分けて「スタッフでおいしく」いただいていた。

 

 ある高校では、たしか横浜あたりの私学と聞いた気がするが、なんと夕食がすき焼きで、しかも、鍋に入れなかった生肉が大量に戻ってきたので、その夜は厨房のおっちゃんも盛り上がって、急遽賄い食がすき焼きになった。が、それでも食べきれないので、おっちゃんが肉をフライパンで炒めてくれて、牛肉炒めをおかずにすき焼きを食べるという、牛肉三昧の夜を過ごした。夜勤のバイトに来るような学生はみな下宿生なので、とにかくこの機に肉を食うぞ、ということで猛烈に食った。

 この横浜あたりの私学の学生さんたちは、とてもお行儀が良くて、礼儀正しく、羽目も外さず、押入れに隠れるどころか、朝、部屋にいったら布団が全部押入れにしまわれていて、感心したのを覚えている。布団はシーツごと畳まれていたので、結局は全部押入れから出してシーツを外して入れなおさなければならず二度手間になるのだが、こんなことをする学校は、僕がバイトしている期間ではここだけだった。

 

 さて、賄いが終わると、我々の入浴である。大浴場、といっても温泉旅館のようにはいかず、5~6名が一度に入れる程度の中浴場なのだが、もう学生は就寝時間だし、風呂場を使うのは我々が最後なので、比較的きれいに使われている、という理由で

女湯を使うのだが、アホな大学生男子には禁断の湯に思えて、興奮しながら入っていた。

 

 入浴が終われば、今度は旅館から徒歩ですぐのところにあるマンションに向かう。そこが従業員の仮眠所として使われている。万年床が敷き詰められた部屋で、それぞれ好きなところに転がって仮眠をとる。早朝5時頃に叩き起こされて、旅館に戻り、厨房のおっちゃんたちは朝食の準備。我々はその手伝いと布団の片付けをして仕事が終わる。

 このバイトで印象に残っているのは「先生のお膳」である。仲居頭さんが厨房に来て「センセー(カタカナに聞こえる)のお膳」と言ってまるで貴重品かのように捧げ持つようにして教員の部屋にいそいそと運んでいく。先生らは、食事自体は学生と一緒に食べているので、一仕事終えた後の、デザートや夜食みたいなものだったと思う。ビールもあったのではないか。どうも、これは宿側のサービスで、旅館の経営者が教員たちを接待するためのお膳らしい。旅館の経営者は、まだ若い兄ちゃんで、2代目かなにかだったのかもしれない。ひとりだけ常に背広にネクタイ姿で、たまに我々バイトがたむろしているところに来て、きらきらした眼で兄貴風を吹かせるので、うっとうしかった。我々に対して、肉体労働で汚れ仕事であることを労った後で、こういう仕事だから汚れてもいいジーパンでやってもらってもいいんだが、あえてスラックスにしてもらって申し訳ない。でも僕にはジーパンは、働くための服装とは思えないんだ、と何やら「仕事とは」みたいな薄っぺらい話を得意げにしていたのを覚えている。そうか。やはりあなたが理想とする仕事とは、スーツを着て、メロンの切り身と瓶ビールを手に、教員たちに「次年度もぜひご利用ください」と媚び笑いをすることなのだね、と思った。まぁ、今思えば、当たり前で重要で必須のトップセールスなんだけど。