時速20キロの風

日々雑感・自転車散歩・読書・映画・変わったところで居合術など。

占いと、パワーストーンと、身代わりで散った石

 知人に勧められたのだった。占いをして、その人にあった石を選んでブレスレットにしてくれる。占いと石を合わせて3800円くらいだったか。値段については、そんなもんだろう、と思った。貴金属を愛でる趣味はないし、特に首にものをかけると激しく肩が凝るので、ネックレス系はダメなのだ。だから、アクセサリーは身につけたことがないのだが、その時期、なんとなく天然石のブレスレットくらいならいいかな、と思った。

 

 事前に生年月日やら名前やらを電話で伝えておくと、いついつに取りに来るように、といわれる。その日に店に行くと、占いの結果を書いた紙が用意されていて、それを見ながら占いの結果とそれを元に選ばれた石の説明を受ける。占いで明らかになった弱点をカバーし、長所を伸ばす石が選ばれている。

 

 占いは、いわば性格診断みたいなもので、性格傾向とそれを踏まえたちょっとしたアドバイスが書かれていた。こういうのは、なぜか往々にして、当たってるなぁ、そういうところ、あるよなぁ、と納得ができる。まぁ、誰でもそう思えるようにできているんだろうけど。

 

 石の種類は忘れてしまった。

 

 勧めてくれた人に言わせると、石は身につけておくことで、悪い気を吸い取ってくれるのだそうだ。で、悪い気を吸うことで石はその分大きくなる。よく見ていれば石が大きくなるからわかる。いっぱい悪い気を吸ってくれた石は、定期的に浄化してあげなくてはならない。日光に当てるとか塩につけるとか、そんな風な事を聞いた気がする。

 ほんまかいな、と思う。石が大きくなったり、小さくなったりするわけがない。けどその知人は真顔で本当のことだという。実際に本人もたくさんの天然石を身につけていたが、それぞれ目で見てわかるほどに大きさは変化するのだという。

 

 本人がそういうものを、一生懸命否定したところで、こちらにも、相手にも、何の得もない。そういうこともあるのかもしれない、まぁ、自分としては信じられないけど、というあいまいな解釈で話を流した。

 

 天然石のブレスレット自体は、色や、色のバランスなど、不満もなく、それが自分のためだけに作られた、世界に一つだけの組み合わせだと思うと、楽しくもあり、愛着もわくのである。

 それからはそのブレスレットをいつも身につけていた。この頃、実は特に仕事の面や仕事でかかわった人たちとの間で、なんやかやとトラブルが起こっていて、私もその渦中にあって、けっこうヘビーな目にあっていた。直接的な暴力はなかったものの、携帯に四六時中電話をかけてこられて怒声を浴びたり、早朝や夜間に呼び出されて駆けつけたり、というような体験をしていた。

 堅気の仕事で起こったトラブルなのだが、登場人物のキャラが立ちすぎて、なんだかすごくややこしいことになって、今なら笑えるが、その時はそれぞれがあちこちあってしまっていて、知人の検察事務官やら弁護士やらに相談にいったり、大騒動だったのだ。

 

 そんな渦中に、愚痴をこぼした知人が、占いと天然石の店を紹介してくれた、という経緯だった。で、石を身につけてしばらくして、世の中は盆休みに入り、私も、まだ小さかった子供を連れて家族旅行にいった。盆休みだからか、旅先にまで恫喝電話がかかることはなかったが、せっかくの旅行が心の底から楽しめないのが、家族に申し訳なかった。

 ちょうどその頃である。今で思えばトラブルもピークに近かったのだが、左腕に巻いたブレスレットが妙に重く感じるようになってきたのである。もしかして、悪い気を吸ってくれているのか?まじまじと石を見るが、大きくなっているようには見えない。少し形がいびつになってるか?気のせいか?と常に思いながら、重みを感じるブレスレットをそれこそ肌身離さずつけていた。

 

 不思議とものすごく覚えているのだが、抜けるような青空の下、緑が輝いて見えるような芝生の広場で、子どもと遊んでの帰り、なんだか腕が軽いな、と思ってふと見るとブレスレットがない。手首に巻かれていたはずのブレスレットがないのだ。慌てて引き返して、芝生の上を探してみたが、石はどこにもない。そもそも、この広い芝生の公園を好き放題に走り回っていたのだから、どのあたりで落とした、という心当たりもない。

早々にあきらめたのだが、お守りが突然消えてしまって、動揺したのを見て取ったのか、家内が「土産物屋にもそういうブレスレット売ってたから、見ていこう」といってくれた。しかし、いやいや、違うのだ、単なる土産物屋のブレスレットとはわけが違うのだ、と思うがそんなことをいってもしょうがないので、土産物屋のブレスレットは物色しただけで買わずに帰った。目に見えて落ち込んでいるのが分かったのだろう、買わなくていいのか、少々高くても今日はいいよ、と何度も言ってもらった。

 

 つかの間の夏休みも終わり、それからしばらくして、こちらが弁護士に相談したりして、反撃体制に入ったことがわかってから、トラブルの話は急速に終息に向かった。

 私としては、こちらが最初に小さい勘違いをしたことが発端になったという負い目から、やられてもひたすに耐えて忍ぶ、というスタンスでいたのだが、休み明けから開き直って、反撃やむなしという態度になったから、相手にしてみればいじめがいがなくなったし、これ以上嫌がらせを続けても、カネも取れないとわかってあきらめたのだと思っている。所詮は、堅気の喧嘩なのだ。

 

 ただ一段落してから、占いと石の店を紹介してくれた知人に事の顛末を話すと、得心の行く顔で、それは石が全部持って行ってくれたのだ、という。探しても見つからないのは当然で、石は地面に落ちたのではなく、消えたのだという。悪い気を吸い過ぎたこともあるのだろうが、それこそ身を挺して悪い気をすべて持ち去ってくれたのだという。

 そうは思わないが、そうなのかもしれない。石には、素直に感謝をしておいたが、その後代わりの石を買うこともなく、ブレスレットを身につけたこともない。