時速20キロの風

日々雑感・自転車散歩・読書・映画・変わったところで居合術など。

読書メモ いろいろな優しさに出会える「そしてバトンは渡された」瀬尾まいこ 文春文庫 2020年9月

 2019年の本屋大賞受賞作である。気にはなっていたが、主人公が女子高生で複雑な家庭環境で、というあたりで重いのかなぁ、と思って敬遠していた。

 なんでもこの秋に映画化が予定されていると聞いて、さらに、石原さとみさんがキャスティングされていると知って、おー、それでは読んでみようか、と手にしてみた。結果、一気読みだった。

 その日は、ちょいとばかり遠出をする用事があって、でも、さほど急ぐわけでもない、という状況だった。ならば久しぶりに、遊びと経費節減を兼ねて、あえて特急や新幹線を使わずに、乗車券だけで乗れる快速や急行を乗り継いで、4時間ほどの鉄旅を企画した。そのお供に連れて行ったのがこの本で、結局車中で読みふけり、目的地に着く直前にラストシーンを迎え、到着した駅で感涙にむせぶという経験をした。

 せっかくの、しかもとても久しぶりの鉄旅だったのに、ぼんやりと車窓の景色を眺めることも、揺れに誘われて居眠りすることもなく、ただただ小説の世界に浸りきっていた。なかなか素敵で貴重な時間だった。

 さて、この小説、概要だけ聞けば、家庭に恵まれない女子が健気に幸福を求める重めの湿った話なんだと思っていたが、主人公がとても乾いているのである。いや、乾いているというと違うな。けど、しっかりしてる、というと、なんだか超人みたいに思えてそれも違う。少々タフなだけで普通の女子だ。

 で、なかなかありえないシチュエーションや、いないだろ、と思うキャラクターが出てきてお話が進むのだが、登場人物が皆優しいのである。優しさやその表現にもいろいろあって、それぞれのキャラに合わせていろいろな種類の優しさに出会うことができる。その優しさに翻弄されながらも、しっかりと地に足をつけて歩いていく主人公も、また優しいのである。そしてその優しさがひとつのイベントに結実する。そのシーンを見て、読者も幸福な気持ちになれる。大げさではなく感涙なのだ。

 お約束のように人が死に、暴力にさらされるスリルやサスペンスや推理小説を、長年好んで読んできた。それこそが娯楽小説の面白さだと思っていたが、優しい人達で紡がれるドラマも十分にドラマとして面白いことを知る。

 映画がどんな風になるのかちょっと想像がつかない部分もあるが、この世界が、達者な役者さんたちの演技で立体化させるのなら、ぜひ見てみたい。

 SNSで見る揚げ足取りや誹謗中傷、ニュース番組で見る政治家たちの茶番にうんざりしているなら、ぜひこの本を開いていただきたい。

 結局車内で読了した本は、用事先で会った人にあげてしまって、自分用にもう1冊買ったのだが、こんなことははじめてだ。