時速20キロの風

日々雑感・自転車散歩・読書・映画・変わったところで居合術など。

田村正和さん、のこと。

 追悼番組で「古畑任三郎」を久しぶりに観た。やはり面白かった。ストーリーはもちろん、文字で書かれたストーリーを、リアルに立体化させるのは俳優さんたちだ。そのどちらもが最高の形でマッチしたときに、伝説が生まれるのだろう。

 田村正和さんといえば、古畑任三郎も大好きだが、はまったのは「パパはニュースキャスター」だった。本田美奈子さんが歌う主題歌の「ワンウェイジェネレーション」は、スマホのお気に入り曲の中に入っている。

 

 で、田村正和さんである。もう年月もずいぶん経ったので書いてもいいと思うんだが、かつて、テレビの特番として作られた時代劇で主役をされた際に、エキストラに参加したことがある。詳しいことはよく知らずに行ったのだが、撮影するのはそのドラマのラストシーンで、しかもクランクアップの日だった。集合場所である撮影所からバスに乗って、ロケ地まで向かった。我々は、逃亡する田村正和さんを討つために派遣される追手の侍で、ちょんまげに鉢巻と襷で凛々しい武者姿に拵えてもらって、いい気分だった。

 季節的に極寒の時期だったが、ロケ地は前日に雨が降って地面が濡れていて、足袋に草鞋のわれわれは足が冷たい水でぐっしょり濡れて指先の感覚がなくなり、とにかくものすごく寒かった。ロケ地には、なんというのか、一斗缶の大きいものに焚火がくべられており、エキストラや俳優部の俳優さん(いわゆる大部屋さん)がそれにあたって暖を取る。みんなそれに足をくっつけるようにして足を暖めていた。

 我々エキストラは、お客さん扱いをしてもらって、バスの中で待機したり、外に出たり、やっぱりバスの中へ、と出たり入ったりしているのだが、俳優部の方たちは、いろいろ雑用があるようで、忙しそうに外で働いていた。昼の弁当も、エキストラはバスで食べたが俳優部の方たちは外で食べていた。

 こういう撮影現場には、なんというか、素人目に独特の「段取りの悪さ」があって、「こんだけの大人集めて大がかりなことするんやったら、なんでそのくらい準備しとけへんの」と思うくらい、場当たり的にいろいろなことが変えられていく。そのたびに大勢のスタッフが右往左往する。

 そんな中、主役の田村正和さんがちょっと離れた場所で椅子に座って泰然と待っている。我々はバスを出て外で待つ段になったとき、どうしても田村さんを見てしまう。係の人からはじろじろ見るなと言われていたのだが見てしまう。しばらくしたら、田村さんの回りが衝立で囲われてしまった。あんな衝立どこにあったのかと思うのだが、スタッフの人が持ってきて我々の視界を遮るように設置した。

 まぁ、そこからは、撮影あるあるで、とにかく、いちいち時間がかかるようなことがいくつもあって、寒さに震えながらひたすら待って、夕方近くなってようやく出番が来て、予定していた撮影を何とか終えた。

 その後である。クランクアップなので、キャストやスタッフが全員で記念撮影をする。番組のタイトルを書いた大きいパネルが準備され、田村さんを中心に監督以下スタッフ一同が集まる。その時、我々を世話する係の人が興奮気味にやってきて「皆さんも映ってください。そうしてほしいと田村さんがおっしゃってます」ということで、我々エキストラも集合写真の片隅に並ばせてもらった。

 記念撮影が終わり、スタッフさんもやれやれという感じで後片付けが始まる。我々もバスに戻って撮影所まで帰るのだが、バスに向かう途中、扮装のままの田村正和さんが、自身専用のバスの窓を開けて、手を振りながら「ありがとう、ありがとう」と、通りすがる我々や現場で後片付けをしている人たちに声をかけていた。あの口調で、あの声で。ニヒルに微笑みながら。

 田村さんのバスはなかなか発車せず、すべての人に手を振って、労をねぎらっているようだった。

 

 撮影所に戻ってから、あまりないことなのか、係の人が、やはり興奮していて、この写真は後で皆さんに絶対に送ります、とことで住所を聞かれた。

 その後しばらくしてB5くらいに引き延ばされた集合写真が送られてきた。

 もちろん、いまでも大事にとってある。