時速20キロの風

日々雑感・自転車散歩・読書・映画・変わったところで居合術など。

読書メモ 健さんを探して 相原斎と日刊スポーツ特別取材班 青志社 2015

 中学生の頃だったと思う。父親が映画に誘ってきた。「リーダーが悪ければ組織は全滅する」とかなんとか気負って言ったあと、お前もこういう映画を観ておくといい、という。高倉健主演の「八甲田山」だった。当時、この映画でリーダー論や組織論を語るビジネスマンが多かったのだろう。高度成長期の猛烈サラリーマンで、若くして管理職をやっていた父親が、話題作をぜひ観ておきたいと思ったようだ。

 映画はものすごく面白かった。綿密に準備をし、人選にも配慮し、村人に道案内を頼むことも厭わず、協力してくれた村人にも敬意を表し、誠実で実直なリーダーを高倉健が演じていた。対比されるのは部隊をほぼ全滅させた北大路欣也だが、これは同行した上官の三国連太郎が見栄とメンツにこだわって威張るばかりのバカ上司で、それに足を引っ張られてどうにもならなくなっていた。

 で、当然だけど中学生にとっては、リーダー論や組織論ではなく映画というもの、そのものの面白さにはまってしまった。それまで映画と言えば東映まんが祭りみたいな子ども用の映画を母親に連れられていったくらいだった。ちょうどそんな時に、クラスの友人が無料のチケットがあるからといって映画に誘ってくれた。「タワーリングインフェルノ」である。面白過ぎた。

 ちょうどその頃だったか、その後だったか、角川映画が大ヒットを飛ばしはじめた時期で、商売っ気満載のエンタメ路線にやすやすとはまった私は、プロフィールの趣味の乱の一番目に「映画鑑賞」と書くようになった。

 そうやって何年かして、私は映画好きな大学生になり京都で暮らすようになった。京都というのは学生が多く、学生を対象にしたさまざまな店やサービスがあった。中でも一乗寺にあった京一会館という映画館は、500円で3本立てが観れた。その3本は、館長がテーマを決めてそれにそった3本で構成されているといわれていた。ある時冬の3部作が放映されていて、私はその3本の中の「約束」が目当てだった。「約束」は、萩原健一岸恵子が主演した名作だ。もう1本は忘れてしまった。そしてもう1本が、高倉健主演の「駅‐station」だったのだ。で、この「駅-station」にドはまりしてしまったのだ。劇場で売っていたポスターを買って、ずっと下宿の壁に貼っていた。男子大学生なのに80年代アイドルのポスターではなく、高倉健だった。

 そこから高倉健が出る映画は全部劇場で観た。テレビの深夜の再放送とかで「昭和残侠伝」や「網走番外地」なんかも観るようになった。あげくに、冬の北海道にあこがれて、実際に冬に北海道に一人旅を敢行した。北海道ワイド周遊券というのが当時はあり、乗り放題だった。冬だけは特急の自由席にも乗れた。旭川から夜行に乗って一晩過ごし、早朝の稚内から留萌に向かい、映画の舞台にもなった増毛駅に行った。映画の情景そのままの終着駅に感激して、あえて増毛の商人宿に投宿した。季節外れの雪の中、突然宿を求めてきた関西弁の大学生に、宿のおばさんは親切だった。なんでこんなところに、と聞かれたので、映画の話をしたら、健さんも映画の人もみんな留萌に泊ってたから増毛にはあまりいなかったよ、といわれてちょっとカクっとなったりした。それでも北海道にはたびたび行った。冬は鉄道で、夏はバイクで。

 今、このときほどに心を動かされる経験はなくなった。それが歳をとるということなら、まぁ、それはそれでいいこともあるが、寂しいことでもある。「駅‐station」はDVDを持っているが、なんとなく観れないまま長い年月が経っている。

 

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