時速20キロの風

日々雑感・自転車散歩・読書・映画・変わったところで居合術など。

tern crest 2024モデル がやってきた。

 GIANTのクロスバイクに18年乗って、ついに買い換えたのがtern crest。ミニベロは初めてなので、迷って吟味して選び抜き、残りのチャリ散歩人生を共にまっとうする、と思っていたが、あわれ購入後1年と1ヶ月で「見えなかった」というドライバーさんが乗る車にに追突されて、私もチャリも大怪我を負う。
 チャリの方は保険会社の指示により、販売店に持って行き、修理の見積もりを取ってた。販売店に、事故の状況等を伝え、傷の具合を伝えたが、なんせ、まだほとんど新車なので、傷は今回の事故でついたものばかり。傷をよくよく見れば、どういう具合に傷害されたかがよくわかる。
 結局、アルミのフレームにゆがみがあるということで全損扱い。有料で入会していた販売店のサービス会員の権利は、申込者ではなく自転車に付くということで、廃車にしたらその権利も失うことになる。この会員料金も保障してもらった。もちろん事故車の廃棄料金や新車の登録料など、廃棄と購入にかかる費用はすべて保険で賄った。

 そうして新しいtern crestが届いた。


実は、保証金を現金で受け取って自転車遊びをやめるか、別の車種を買うか、など考えもしたが、まだcrestを遊びつくしていないので、もう1回crestに乗ることにした。

 販売店にそのことをいうと、「実はcrestは2024年にモデルチェンジをしていて、前に乗っていたものとは全く同じではないんです」とのこと。

 調べてみたら

1)ハンドルが高くなり、幅も広がった。ライザーバーというそうだ。
2)ブレーキが、キャリパーからVブレーキになった。
3)ディレイラーシマノからマイクロシフト製に変わった。
4)その他ロゴやら色も変わった。そうだがそこいらは気にならない。

のだそうだ。

大歓迎である。

前のcrestはロードバイクのテイストを強く意識していたようで、実は長距離を走ると首や肩がしんどかったのだ。またミニベロ特有の、ハンドル操作をした際のクイックな反応も、700cのクロスバイクでのんびり走っていた感覚に比べて厳しいものがあった。ブレーキもロード仕様のキャリパーブレーキというもので、調べたらこれは速度調整が主な役割のようだ。たしかに街中を走る際のブレーキとしては効きが悪くて気になっていたが、効かないのではなくそういう仕様だったようだ。Vブレーキならクロスバイクで慣れている。

なんと、crestに関する個人的に感じていたいくつかのデメリットが、一挙にすべて解決したのである。

加えて、おなじcrestの新車を所望した際の店員さんの複雑な表情の事情もわかった。
ビジュアルが少々衰えたのである。ハンドルの形状が原因だ。たしかに、前のcrestの方が、頭が小さくてスタイルが良く、スポーティで、どこからみても美しかった。2024モデルは、ハンドル部分が少々バランスが悪くていまいちなのである。ハンドル周りだけ見たら、通勤用シティサイクル、という感じなのだ。
店員さんは「実物見たら、コレジャナイ、コレナライラナイと文句いうんじゃないか」と心配していたようなのだ。

ご心配なく。すべて歓迎です!

しかし、ユーザーの要望をリサーチして、あえてこの仕様にチェンジしたのだろうから、このメーカーは、正しくニードを聞く耳を持っているんだろう。女性のユーザーも多いということだが、彼女らからの声も多く採択されたのかもしれない。Vブレーキになったことで、構造上、泥除けをあとからつけることも可能になったようだ。

 

あとは、わが町堺が誇る信頼のシマノから、マイクロシフトという著名なパソコンソフト屋さんに似すぎる名前のメーカーに変わったディレイラーが気になるが、これについてはいかんともしがたい。価格を抑えるためのコストカット目的で選ばれた面もあるのだろうとは思うが、このマイクロシフトの真価を知るにはまだ時間がかかるだろう。

なお、色は限定カラーのドライ オレンジにした。
これは、WEBで見て即決めた。
他に気になる渋い色もあったのだが、
黄昏の時間だったとはいえ「見えなかった」という理由で追突されたのだ。
できるだけ目立つ色にしようと思った。

自転車は、まっさらになったが、人間の方の傷はまだまだ治療途中である。
売店から自宅まで乗ってみたが、車道を走っていて後方に車の気配がすると、背骨の下の辺りがぞわぞわとする。いままでになかった感覚だ。
これがトラウマというやつなのかもしれない。

電池で点滅する赤いテールライトを着けることにした。

 

 


 

頭髪が持ち直す?

 入院するちょっと前から、頭髪ケアにいいといううわさを聞いて、亜鉛のサプリを飲んでいた。アサヒのディアナチュラは、サプリの中でもリーズナブルでうれしい。
 入院して中断していたが、退院してしばらく後、ディアナチュラのシリーズに、カルシウム、ビタミンD、亜鉛、がはいったサプリがあることを知った。
 骨がくっつく足しに、と、カルシウムやビタミンDが強化された加工乳を飲んだりもしたが、このサプリは、それに亜鉛も入っている。さっそくに買って飲んでいる。
 ちなみにカルシウムはビタミンDがないと吸収されにくい、ということで、ビタミンDは、というと、整形外科の医師から、15分ほど、顔を手に日光が当たるようにして日向ぼっこをすれば十分、と聞いたことがある。毎朝、駅まで徒歩でそのくらい歩くから大丈夫なのだが、サプリで補っていると思えば気休めにはなる。
 で、頭髪である。事故にあったのは土曜日だが、翌日の日曜に散髪に行こうかな、と思うくらいに、2か月あまり放置していた。入院を経て、そこからさらに1ヶ月を過ぎて放置しているのでずいぶんと長くなった。
 かえって目立つから薄毛に長髪は禁物、ということで、バリカンで9mmのソフトモヒカンにしていたこともあったが、いまは、学生の頃以来の耳が隠れるくらいの長さになってきた。そうすると、てっぺんがペッちゃんこで横と後ろが膨らむ、という薄毛特有のシルエットを通り越して、全体的に髪がぼさっと長い人、になってきた。薄毛が改善したわけではないと思うが、自分個人として気にならなくなってきた。不思議だ。
 まだ当分三角巾で腕を吊って暮らすので、この状態で散髪にも行けないし、しばらくこのままにしていくしかなさそうだ。事故による怪我を契機に失くしたものも多いが、得たものも少しはあるようだ。 気のせいかもしれないが。ただ、爪は伸びやすくなった。

※個人的な感想です、医学的なエビデンスに関しては不明です。


 

デニム作務衣に出会う

 腕が上がらないので、頭からかぶるシャツは着にくい。ワイシャツの類は、右腕を下げたまま袖を通して、そこから苦労して左腕を通す。やたら時間がかかるし、ちょっとした動作で右肩が痛む。そういえば病院で着ていた前開きの病衣は楽だったな、と思ってよく考えたら、あれは作務衣と同じ構造になっている。右肩が動かなくても着やすい、という点では、浴衣も同様なのだが、浴衣の場合は、トイレの際に裾を腰の上までからげないといけない。その動作は絶対に無理だ。作務衣なら上下がわかれているし、腰の部分はゴムなので、トイレもしやすい。同じ構造の衣装としては甚平があるが、真夏用なのでまだそれで出歩くわけにはいかない。作務衣なら近所の散歩やコンビニくらいなら着ていける。
 作務衣に似たものとしては居合の稽古で使っていた剣道着の上着があるのだが、腰は帯と袴で締める形なので、前合わせの紐の位置が高くて裾がひらひらとはだけてしまう。

 というわけでネットで探して、デニム作務衣を購入した。以前、デニム着物を買ったので、デニム生地の方が年寄り臭く見えないだろう、ということで、今回もデニムのものを探した。それにデニムは手ごろな価格帯の商品も多いのだ。

 夏に着る気はないので、春秋の気候で着れそうな厚手の8.5オンスのものにした。8.5オンスのデニムは、デニムのシャツほど薄くなく、ジーパンほど厚くない、その中間くらいになるのだろうか。少々ごわつく感があるが、もちろん動きづらいというようなことはなく、しっかりした生地という感じである。中に汗取り用にTシャツを着たいところだが、Tシャツを着るのも厄介なので、薄手の腹巻をお腹から胸の方までひっぱりあげてみた。
 足元は愛用のコーナン特性の軽作業靴「親方満足」である。これが、持っている靴の中でもっともすべらない。とにかく転ぶなといわれている。転べば無意識に手をついて支えようとする。そうした場合の弊害は想像に難くない。
 
 というわけで、作務衣と軽作業靴、といういで立ちで、退院直後を過ごしている。
割と気に入っている。

 

 


 

腹が出る。体重が増える。

 栄養士さんが考えたヘルシーな献立を日に3度。きっちりと定期的に食べて、間食もせず、甘いジュースも、もちろんお酒も飲まず。運動はしないけど、寝てばかりでもなく、椅子に座ったり、部屋の中を意識してうろうろしたり。そんな暮らしを10日間ほどして退院の時、体重をはかったら、60キロを超えていた。
 たしか事故の1~2週間前、スーパー銭湯ではかった体重は58~9キロで、だいたいそんなものだったのだが、ついに大台に乗ってしまった。入院中は、硬めの便が2日に1回、という感じだったので、栄養素の吸収率が高まったのだろうか。痛み止めとセットで飲んでいる胃薬の効果だろうか?胃薬は胃粘膜保護のために、胃酸を抑えるタイプである。
 帰宅したらウェストも太くなっていて、ズボンがきつい。きついズボンの前を締めようとすると肩が痛むので、当面はウェストがゴムのジャージで出社することで了解してもらった。これは余計な副作用なので、元に戻したい。自転車に乗れなくなって朝晩駅まで片道約30分のウォーキングを続けているのだが、お腹はなかなかへこみそうにない。これはどうしたものか。
※個人的な感想です、医学的なエビデンスに関しては不明です。

 

三角巾の世話になる。

 救急外来での処置が終わって帰宅してからずっと、三角巾で腕を吊っている。
入院中は寝ているときもつけていた。術直後は、やはり痛くて、折れた骨が痛いのか、折れた骨の周辺が炎症を起こして痛いのかよくわからないが、痛かった。
悶絶してのたうち回る、という痛さではないが、じわっと、ずきずきっと、痛かった。
看護師さんは「がまんしないでください」「いろいろな種類の痛み止めを用意しているので、痛いと思ったらナースコールで知らせてください。遠慮しないで」と声をかけてくれるのだが、事故後はずーっと痛いので、急に激しく痛むということではなく、ずーっと地味に痛いのだった。だからナースコールを押すタイミングがわからない。結局一度もナースコールをすることはなかった。
 さて、三角巾である。肘のところをねじって結ぶ、というのが定石らしいが、救急外来の若い看護師さんは、結ぶよりテープで貼る方がいいと今は言われている、ということで、肘のところの布をテープで止めてくれた。たしかにこの方が肘のホールド感がいい気がする。結んでいるだけだと、肘の先が入る場所が小さくて、外れやすいのだ。長年のやり方だし、応急処置でテープがない場合もあるだろうから、一概に賛否はつけられないのだろうが、このような目立たないところにも常に進化はあるようだ。
 ※個人的な感想です、医学的なエビデンスに関しては不明です。

便通が良くなる。歯肉炎がおさまる。寝付きが良くなる。

便通が良くなる。
 痛み止めと、それによる胃の荒れを防ぐ胃薬と。整形外科ではお馴染みのセットらしい。それを朝昼晩と飲んでいる。
 だからかどうか、軟便気味で、下痢症で、通勤途中の駅のトイレで悶絶しながら個室が空くのを待つ、という経験には事欠かない私が、入院中からは、硬くて便槽に沈む便を、入院中は一日おきに2回、きっちりと出す人になった。入院前と変わったところと言えば、3度の服薬以外では、早寝早起き、一日3度決まった時間にきちっと配膳される食事。その食事も栄養士さんが計算した栄養と量で、塩味の少ない薄味だし、野菜はべちょべちょになるまで柔らかく火を通した菜っ葉だし、配膳されたら10分以内に食べ終わっていた。思ったほど間食もせず、給湯器で無料で飲める薄いお茶ばかり飲んでいた。また、ほぼ部屋にこもっていて運動量は、歩く距離も含めて極度に減った。さて、これのどれが効いたんだろう。内臓のことはよくわからない。
 ※個人的な感想です、医学的なエビデンスに関しては不明です。

歯肉炎が治まる。
 術後は点滴で抗生剤を打っていた。日に2回。退院後は、しばらく錠剤を飲んでいた。日に2回。手術創が化膿しないように、といことだったが、その副作用?で歯肉の炎症がおさまったのだろうか。歯磨きしたら小さい痛みがあって、時に少量の出血をしていたのだが、いつの間にか治まった。抗生剤による一時的なものかもしれないが、ちょっと儲けた気分である。
※個人的な感想です、医学的なエビデンスに関しては不明です。

寝つきが良くなる。
 入院中は、夕食が6時に届いて9時には消灯、というサイクルだった。消灯されたら、ベッドに横たわって、読書灯もなくて、することもないからうとうとする。術直後は看護師さんが2時間おきに点滴のチェックやバイタルのチェックをしていたので当然だが、夜間の点滴がなくなっても、2時間ごとに目が覚めた。長くベッドに横たわってはいるが、熟睡感はなかった。
それが帰宅後は、布団に入ってもすぐに寝入ってしまい、朝まで一度も目が覚めない。
事故の前から寝つきが悪く、ようやく寝ても、2時や3時に目が覚めてしまう、という感じだったので不思議なくらいだ。
 ※個人的な感想です、医学的なエビデンスに関しては不明です。

「駅-Station」「蒲田行進曲」

今週のお題「名作」

 どちらも学生時代に京都で観た。「駅」は、封切館ではなく、館長が選ぶ3本立てを格安で上映している名画館だった。寒い時期に、雪の光景が印象的な映画を3本セレクトしたうちの1本だった。ほかの2本は忘れてしまった。

 この映画の衝撃はすごくて、真冬に、映画の中で重要な場所である「増毛」という終着駅を訪ねたほどである。北海道ワイド周遊券を使った一人旅だった。

 駅を降り立ち、観光地でもなんでもない小さな町を歩き、商人宿を見つけて投宿した。宿の人に映画の話を聞くと「そんなことあったっけね。映画の人は皆、留萌に泊まってそこから来てたから」ということだった。

 この映画の何にそんなに影響を受けたのか、当時の自分に聞いてみたら、あれこれと語るんだろうけど。

 映画や小説から受ける影響は、観たタイミングによっても大きく異なるんだろう。

学生時代に影響を受けた映画を今見たらどうなんだろうか。

DVDがあるので、これを機に見返してみようかと思う。

 「蒲田行進曲」は、横溝正史賞を受賞した小説の映画化である「このこの七つのお祝いに」と併映だった。そっちをメインで観に行ったので、「蒲田行進曲」への期待はゼロだったが、これがドはまりだった。ロケ地が下宿の近くの太秦近辺だったこともあるが、2回は観に行ったと思う。

 コロナ禍の気晴らしに観に行った映画「コンフィデンスマンJP」のラストで、「蒲田行進曲」のパロディのシーンがあって、えらく興奮した。

 あと、思い出すのはスキー遊びのマニュアルのようだった「私をスキーに連れてって

これは友人がビデオテープが擦り切れるほど見ていて、会社内のシーンで、音声さんのマイクが画面に映りこんでしまっているのを発見して自慢していた。

 バブルで浮かれて、働いすぎだ、遊べ遊べ、という世の中で、何十分ものリフト待ちが当たり前なくらいにスキーが流行った頃だ。

 この映画で演者らがつけていた、リュックのように背負うタイプの照明器具は、さすがに流行らなかったな。

 

 

全身麻酔を体験する

 怖かった全身麻酔。経験者に聞けばたいていは、眠っている間に終わるよ、という。
結論から言えば、まさに眠っている間に終わった。
 OP室に入り、お前はだれで、何の手術を受けるのか、と聞かれ、それに答えていたら、体にモニター類がつけられた。そのとたんに、テレビの医療ドラマの手術室のシーンでよく聞くような、ピッピッピ、みたいなモニターの音が聞こえだして「おー、テレビみたいやん」とか思っていたら、では麻酔入れますね、15秒くらいで効いてきますよ、と言われ、手術前からつけられていた点滴のルートに麻酔薬が注入され、針の刺さっている左ひじの血管に冷たいものが流れてきた感触があり、その後は、何も感じなく覚えてもいない。そして眠りから目が覚めた、という感覚もなく、いきなり覚醒していた。看護師さんに話しかけられて、何か答えて、では病室に帰りましょ、とベッドに寝たまま病室に運ばれた。
 病室で酸素マスクをつけられ、左足に圧がかかったりゆるんだりする装置をつけられ、点滴から痛み止め?抗生剤?を入れられた。術前に、入るかも、といわれていた導尿カテーテルは、入っていなかった。
 それが夕方くらいだろうか。看護師さんが入れ代わり立ち代わり病室に来ていろいろとチェックをしたりしてくれた。その日は朝食後から絶飲食だったので、確か夜の8時に軽食が出た。その頃には酸素マスクも、足のマッサージ機みたいなのも外されていたと思う。軽食は、食パンと牛乳とフルーツ、だったような気がする。
 全身麻酔で怖かったのは、術後せん妄だ。一時的に錯乱してしまうので、うっかり何をいうか、するかわからない。そういう事例は耳にしていたので、家族にも術後は寝てるだけなので見舞いに来なくていいよ、といっていた。看護師さんに聞くと、静かに寝ていたそうだけど。自分ではわからない。

 今回は、
 ※個人的な感想です、なぜか記憶が曖昧です。医学的なエビデンスに関しては不明です。

 

 

入院患者を体験する

 手術日は週に2日。そこが決まればその2日前に入院して各種検査を受ける。
月曜に受診して、金曜日の手術が決まる。2日前なので、水曜日から入院。
手術の準備のために、血液検査、尿検査、心電図、CT撮影などいろいろな検査を受けます。血圧が180とか、普段と比べると格段に上がっていました。
もともと血圧は低めで、今年の2月の健康診断で130といわれて驚いたくらいなので、びっくりです。常にある痛みに耐えようと交感神経が優位になり血圧が上がることがあるのでそれだろう、と看護師さんが言ってましたが、入院中血圧は下がらず、頭が痛くないか、と何度も看護師さんに聞かれました。

 骨折部分の痛みは常にありましたが、痛み止めが効いたのか、のたうちまわる、という痛みではありません。どちらかといえば鈍痛です。腕の角度によっては痛みはほぼなくなりますが、少し腕が動くとピリッと痛みが走ります。実はそれよりも、事故後から入浴を控えていたので、頭がべたべたしてかゆくて眠れないくらいで、そちらの方が苦痛でした。
そのことを看護師さんにいうと、手術の前日には入浴があるとのこと。
実際に、前日の夕方に入浴介助がありました。

 病室では、結構退屈なのですが、病室の介護用ベッドをリモコンで操作して、頭の部分と足の部分を上げたりすると、それはもう極楽です。その姿勢のままぼーっとして気が付けば2時間経ってた、みたいなこともありました。家に置いたら動けなくなるんじゃないかと思います。

 患者誤認防止のために「フルネームと生年月日」を言ってくれ、と言われることが多いです。受付でも診察室でも言われます。入院で点滴をする際にも言われます。
ルール化している病院が多いです。
入院期間中、受付の事務員さんには何度も聞かれましたが、診察してくれる医師や、看護師さんに聞かれることはまれでした。
まぁ、顔を見ればわかるってことなんでしょう。
患者さんの中には、うっとうしがったり、怒ったりする人も居るかもしれませんが、昔実際に、患者さんを間違えて、心臓の手術をするはずの人の肺を、肺の手術をするはずの人の心臓を手術してしまった、という医療ミスがありました。

病院にいって、名前と生年月日を何度も聞かれても「くどい!」と怒らずに、朗らかに応えてあげてください。そのことで、潜在しているいくつかのエラーとそれによる被害が確実に減らせるようです。

 

自転車と居合と殺陣からの卒業?!

交通事故です。チャリ散歩の帰り道、車に追突されました。救急搬送先でレントゲンを取ったとこら、右鎖骨遠位部骨折でした。鎖骨の腕側は、肩甲骨と連動してよく動く場所なので、保存療法は適さない、とのことで手術になるようです。

骨がくっつくまで鎖骨をピンとワイヤーで繋いでおくのだそうで、骨がついたら、今度はピンとワイヤーを外す手術が必要とか。長いお付き合いになりそうです。

自転車は全損、右肩が不自由ということで、居合は不可能。軽い竹光を使う殺陣なら左腕1本で、丹下左膳みたいな立ち回りをするしかないようで(笑)

いろいろ一度に失った感がありますが、また何かこれを機に新しいことに出会いたいと思っています。